テンプレートをいじってみると、以前のテンプレートがどこなのか分からなくなってしまいました。
それで見やすく、夏のテンプレートに変更しました。文字が大きくなって読みやすくなりました。
ついでに何か書き込もうと思いましたが、今朝は何も思い浮かぶ事が無く書けません。
それにしても、漢字の誤変換が多いので困ります。無駄にキーを叩くことが多いです。
さて、カレンダーを見ると、明日はいよいよ七夕ですね。家では母の誕生日があります。
七夕生まれの母は、よくセンチメンタルに昔から、この日に生まれたから好きな人と結婚出来なかったのだ、と話してくれたものです。
悲恋の相手は、何でも遠い地方(敢えてお住まいの地域は伏せます)に住んで居た従兄だとか。
母は近年、父の没後に2度程ですが、向こうはもう亡くなられたかねぇと言ったりする事がありました。
それで私は、お父さんが亡くなるくらいだから向こうも亡くなられたかもね。と、そっけなく答えたりしていました。
私はこの母の悲恋の話には、幼い頃から案外我関せずでいました。聞いてもしょうがないと考えていたからです。
父没後もそれは変わりなかったのですが、今年になって、母方の叔母が家に遊びに来た時、母はふとこの従兄の話を口にして、
まだ元気でおられるかねぇ?と、叔母に漏らしたものです。勿論、私も同席していました。
叔母は微笑んで、もう亡くなられたそうよ。と答えていました。ちょっと可笑しそうでした。勿論私の私見です。
実はこの時、私も内心一寸微笑んでしまいました。
ロマンと言えばロマンですが、何だか母の未練がましい様子が、長年子としては嫌でしたし、
好きなら好きで結婚すればよかったのにと、何時までも、自分の子供にさえ幼い頃から時折語って聞かせるという、
母としての親の態度が嫌でした。
亡くなられた方には申し訳ないのですが、叔母同様に、この時私も目がふいっと笑ってしまいました。
「お母さん、時折気にして口にしてたのよ。」
そう微笑んで私が言うと、叔母は黙っていましたが、私の様子にちらっと何かを感づいたようでした。
母に、向こうとの事を私に話したのかと小声で聞いていたようです。
母は女同士ですもの、娘だし分かってくれているのよ、という親しみのある笑顔で私を見て頷いていましたが、
叔母は母と対照的に、何だか沈んで顔を曇らせてしまいました。
微笑みと言えば同じ3人の微笑ですが、何方かと言うと、伯母と私の微笑は同じ感覚であったと思います。
特に2人とも母には何も言いませんでしたが、母は悲恋の話を父にも言ってあったのだと、
この時に私が叔母に言ってしまったのは、更に叔母を暗い気持ちにさせただけだったかもしれません。
叔母は母の姉妹、私は母の娘ですが、私が母の婚家の子という立場に立てば、叔母はかなり極まりが悪い事だったでしょう。
亡くなった父にもすまないと感じていたかもしれません。叔母はそう言った人との繋がりについて常識的に考慮する人ですから。
私もこの年になると、事実であっても話をする事には気をつけるべきだなと感じています。