唯、チョコレートパイは子供が留守の間に作ったので、私が実際に作る所を子供自身は見ていませんでした。両親は私が作り始めた最初からか、途中で帰宅して来たものか、兎に角私が作っている光景をある程度見ていました。私は作業中に、母から何が出来るのかと聞かれ、チョコレートパイを作っているのだと答えました。初めてなのでどうなるやらと曖昧に答えておいたのですが、両親の方では帰宅した子供を揶揄いたかったのでしょうか、家族皆で揃ったところで、嬉しそうに食べ始めた子供に、お母さんはこれをお店で買って来たのだと言ったようです。これは本当はお菓子屋さんのパイだとでも言ったようでした。
「お店で買って来たの?」「…なぁんだ。」と子供ががっかりしたように言う声が聞こえていました。それで私が、いえ、お母さんが作ったのよと言うと、やっぱりそうでしょう、と子供。いやいや、嘘だよと両親、本当よと私。そんなやり取りの中でしたが、このパイは、如何やら美味しいという事で子供の口に合った様でした。私にすると、もう少し工夫してすっきりと洗練されたチョコレート味にしたかったのですが、子供好みのまろやかなミルクチョコレート味のフィリングになっていました。
「こんなの食べたかったんだ。」と嬉しく言われたり、やっぱりお店で買って来たんだね、騙されるところだったよ、とも不満げに言われたりしながら、私の方はその場の両親の手前、大人げ無くしつこく子供と答弁する事はしないで、疲れていた事もあり、すぐに自室に引き取り休んでしまいました。両親と子供だけになった所で皆でどんな話をしたのかさっぱり窺い知る事は出来ない私でした。
それ以降、不思議と私はチョコレートパイを手がけていません。また、あの時の事を子供がどう判断しているのか聞いた事が無いのです。私にすると、こう言ったこじれた話は聞けば聞くほど、言えば言う程複雑になって行く気がするのでした。チョコレートパイのチョコフィリングは、まろやかなミルク味のフィリングが良いのかもしれませんね。お菓子はシンプル・イズ・ザ・ベストと言いますから、親子関係もシンプルに、答弁も1回だけ、「お母さんが作ったのよ。」で良かったと思います。あれこれと手を加えると複雑で混沌とした味になり、混迷を極めてしまうのでしょう。それ以上進めば、よく言われる『見る人が見れば分かる』という味になるんでしょうが、私はそこまで到達していませんからね。全く初歩的な私のパイです。