Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(260)

2018-11-07 12:03:10 | 日記

 また翌年の早春の時期になりました。その年も何時もの場所で土筆を確認した蛍さんは、八百屋のおばさんにもう雪は降らないからと教えるのでした。これは前年の大当たりに、彼女の言葉に感心したおばさんから、また雪の降らなくなるという日を教えて欲しいと頼まれていからでした。「そうかい、それは良かった。」とおばさんも嬉しそうに瞳を輝かせて答えていました。が、これが良くありませんでした。その年はこの日の後からも雪が舞い、蛍さんの予言は大外れとなって仕舞ったのでした。

 「どうなっているんだい、大外れじゃないか。」

こう八百屋のおばさんに責められたので、蛍さんもしょんぼりしてしまい、酷く責任を感じるのでした。『あの土筆は当てにならないんだ。』そう思うと、蛍さんはもうあんな場所の土筆はもう見に行かないでおこうと決心しました。雪が降らなくなる目安と思えばこそ、彼女は毎年あんな寂しい場所へ、ほのぼのとした期待を胸にして1人でせっせと土筆の確認に行っていたのですから。

 2日程、八百屋のおばさんは彼女の顔を見る度に酷く苦情を言ったものです。おばさんも誰かに苦情を言われていたのでしょう。蛍さんもこれにはほとほと参ってしまいました。蛍さんにしても、何時も当てにしていた土筆に裏切られた様な気分でいた上に、おばさんにも責められるのですから。身の置き所が無いと言った感じでいました。彼女は人に良かれと思っても、何でも他人に言う物では無いなと悟るのでした。

 この次の年から、一向に早春の寺に土筆の確認に行かない蛍さんに、娘から事情を聞いて知っていた父は、何故土筆を見に行かないのかと尋ねました。

「誰かにも報告しないといけないんじゃないのか。」

と言うのです。「誰に?」蛍さんは父の物言いを不思議に思いました。彼女はあの場所の土筆の観察など、誰にも頼まれた覚えなどなかったのです。彼女にすると、単に、

 あの場所で土筆を見た→雪が降らなかった→土筆が生えると雪はもう降らない→早く土筆が生えないかな→そうするともう春だ。

そう言った考えと、希望に満ちた気持ちで心待ちにしていた花見ならぬ土筆見だった訳でした。誰の為でもなく、それは自分の為だったのです。

 「あそこの場所の土筆は当てにならないのよ。」彼女は父に言いました。そんな1回ぐらいで、と父は言うのですが、そんな父に答えて彼女は言いました。

「土筆は自然の物でしょう、お天気も自然の物だもの、自然の物は捉えどころが無くて当てにならないのよ。人も自然の一部でしょう。自然の事は自然の一部である人には分からないのよ。」

「人は自然の物でしょう、人が当てにならない様に、自然の土筆や自然の天気も当てにはならないのよ。」

それがよく分かったのだと彼女は父に答えました。「そんな1回ぐらいの事で、」と父は繰り返すのですが、彼女は頑として父には応じずに答えるのでした。

「1回で十分よ。1回当てにならなかったんだから、又当てにならない事が必ずやって来るのよ。季節は自然の事なんだもの、人に自然は把握できないのよ。」

人も当てにならないでしょう、それと同じ事よと父に土筆の駄目出しをしたのでした。

                                          「土筆」終り

 


土筆(259)

2018-11-07 11:49:37 | 日記

 また翌年の春の初め、蛍さんは何時もの場所で土筆を目撃しました。彼女は嬉しくて嬉しくて、長い冬よさようならと飛んで家に帰りました。るんるんと鼻歌交じりでした。西洋の3月の兎の様にぴょんぴょんと、スキップして空を見上げながら手を振って往来を通り過ぎて行く彼女に、何時もの様に八百屋のおかみさんが声を掛けました。

「ホーちゃん、嬉しそうだね、何かいい事でもあったのかい。」

顔馴染みのおばさんに声を掛けられて、彼女はにこやかに答えました。

「ああ、おばさん、土筆だよ。土筆が出たんだよ。」

「おやそうかい、まだ早いんじゃないかい」

とおばさんが怪訝そうに言うので、蛍さんはふふんと秘密めいた笑顔を浮かべると、何処に土筆が等という話はせずに、こう言いました。

「もう雪は降らないからね。」

そう言うと蛍さんはにこやかに笑って、バイバイと景気良く八百屋のおばさんに手を振りました。

 彼女は一目散に家へと帰って来ました。長居すると八百屋のおばさんに何でも喋ってしまいそうだったのです。やはりあの場所の土筆の話は内緒なのだろうと、彼女は秘密を守るつもりでした。その後、本当にその年も雪は降らなかったのでした。蛍さんは益々あの場所の土筆と、雪の終末の関係に確信を深めたのでした。そして、八百屋のおばさんは、蛍さんの言った事がどんぴっしゃりと的中した事に酷く驚くのでした。あの子は預言者だと店のお客に触れ回ったのでした。


土筆(258)

2018-11-07 11:20:09 | 日記

  蛍さんの父は何の話を始めるというのでしょうか。少なからず興味が湧く蛍さんでしたが、祖父母が今まで一緒にいた場所から姿を消して、揃って立ち去ってしまったという行動が、これから始まる話があまり良い話では無いのだろうという予感を蛍さんに与えました。

『これから始まる父の話は聞き流した方が良いな。』

成長して、ある程度世慣れして来ていた蛍さんは直感しました。

   自然の中に花が有る様に、蝶や虫、動物や人も自然の物なんだ…。そんな話の出だしぐらいは記憶に残る蛍さんでした。頃はもうよいなと、彼女は思うと、ぐうぐうと、こたつ布団に顔を埋めて眠った振りをし始めました。

 …、それでなぁ、人もなぁ、男の人と女の人が…、寝てるのか、蛍。父は話を止めると、立ち上がって台所の方へと行ったようです。蛍さんはやれやれと思いました。布団から顔を出してほうっと一息つくと、背中がポカポカするのでそのまま本当に眠り込んでしまいました。

 「おい、あれは狸寝入りなんかするようになったんだぞ。」お前が教えたんだろうと、蛍さんの父は母に文句を言いました。あら、と母、「誰だって聞きたく無い話は聞きたく無いんじゃないですか。」私だって、あなたの声はここまで聞こえていましたけど、あんな話なんか私も聞きたくありませんよ。あんな小さい子にそんな話をしてどうするんです。私だってよく分からないのに、あの子に分かるはずがないでしょう。と母もご機嫌斜めでした。

 父の姿が台所に見えると、奥にいた祖父母が「やれやれ、やっとコタツに戻れるね。」と戻って来ました。蛍さんの両親の側に来ると、そんな話、本当に向こうさんがしてくれと言ったんですかと、やはり祖父母共にご機嫌は斜めで息子に言うのでした。家の皆で三方からやんやと責められると、彼も自分の落ち度を認めざるおえなくなるのでした。

 「一体誰が最初にそんな妙な話をお前にしたんだい。」と母が言うので、息子はそれは父さんが…と言い掛けて、仕舞ったと言うように口を覆う間もあればこそでした、きっと目がつり上がった祖母は祖父を睨みました。お前さん一寸と、話が有るからこっちにと、妻に袖をつかまれた祖父は、神妙な顔になり家の裏手へと消えるのでした。祖母に従って後ろを歩きながら、夫は振り返って恨めし気に息子の顔を睨むのでした。


土筆(257)

2018-11-07 11:12:54 | 日記

 翌年から、この早春の時期になると、蛍さんは芽吹いたばかりの春の風物詩をこの場所で見つけ、愛でるのが何よりの待ち遠しい楽しみとなりました。そして彼女は、ある事に気付きました。

 昨年、今年と、この場所で土筆を見ると、この地域ではそれ以降雪が降らないのでした。この場所に土筆が生えていると、それ以降の日々は日を追うごとに青空が晴れやかに広がって行き、気温はどんどん暖かくなって行き、冬の寒さは跡形も無く緩んで行くのでした。

 

 「お前なぁ、」と父は娘の蛍さんに声を掛けました。少しは向こうの気持ちも分かってやったらどうだ。世の中には雄花と雌花が有ってなぁと、ある日、家の居間でコタツに入りながら父の植物の話が始まりました。

「少し早いんじゃないかい。」

祖父が蛍さんの父に声を掛けました。

「でも、向こうさんじゃぁ、少しは気付くようにしてやってくれと言うんだよ。」

と父。「早いんじゃないのかい、その話は、大分早いと母さんも思うよ。」と祖母も声を掛けました。そんな話をするのなら、と、祖父母は、「私達は奥に行っているからね。」と、年配の2人は連れだって台所の方へと消えて行きました。奥からは「ねえちゃん、今居間には行かない方がいいよ。」という祖父母の声が聞こえ、あら何故ですかと母の答える声が聞こえてきました。「あんたの夫がねえ、子供に変な話を始めるらしいからね。」と、これは蛍さんの父に聞こえよがの祖母の声でした。


土筆(256)

2018-11-07 03:36:31 | 日記

   へーっと蛍さん、思いがけず春の息吹を間近に見て彼女は感激しました。

「もう春なんだね。」

こんな春の土筆が生えて来るようなら、と、彼女は非常に嬉しそうに微笑みました。そうして早速土筆に近付いて行くと、幸せそうに目の前の土筆を摘もうとしました。

「ああ、駄目だよ。」

蜻蛉君はそんな蛍さんを止めました。ここの土筆は摘んじゃいけないんだ。そう蜻蛉君が言うので、無理に摘む事はしないその時の蛍さんでした。もう帰ろう、蜻蛉君はそう言うと木戸に近付きました。

「ここに、この時期に、土筆が生えている事だけホーちゃんに教えておきたかったんだ。」

彼はそう言うと、さっさと木戸を潜って境内へと姿を消してしまいました。

   実は、蜻蛉君はお墓が見たくなかったのでした。誰でもそうだと思えますが、ここの土筆を教えるには仕方がない場処と時期なのでした。本格的な春から夏であればそれなりに人も入る場所ですが、秋から冬と人足が途絶える場所、寂しいというより恐怖が増す時期に当たる晩冬、早春のこの場所なのでした。

 蛍さんは折角目にした嬉しい春の兆しです。蜻蛉君にはすぐについて行かずにその場に残ると、もう少し眺めていたくて、屈み込むと土筆の頭を撫でたりしていました。しかし、向こうに並んでいるのが皆お墓と思うと、彼女にしてもヒンヤリとした心地がして、やはりその儘長居はしたくないのでした。

   彼女が、蜻蛉君と言って境内に戻ってみると、そこには彼の姿形が全然見えませんでした。彼女が大声で彼の名前を呼んで境内を見渡してみても、彼の姿どころか返事さえも返って来ないのです。事態を妙に思った蛍さんは、『境内に1人きりだなんて…、』そう感じると、ここにもう長居は無用と一目散に飛んで家に帰ったのでした。