円萬さん、円萬さん、…。ドクター・マルは地球上での自分の名前を口の中で繰り返しながら、仮想人物へ移行する刷り込みを始めました。彼は地表へ降りる準備をしているのです。そしてそつなく釣りの準備を整えると、彼は着慣れた感じの服装に身を包んでいました。勿論洋装でした。それから彼は紫苑さんと約束してあった、とある河原へと出かけて行きました。腕時計を見ると、少し遅くなったようです。
「やぁ、ここだよ。」
「遅かったですね。もう釣り始めましたよ。」
河原には約束していた紫苑さんと、彼の横に並んで鷹雄ことミルがいました。彼等はにこやかに円萬さんに手を振って来ます。やぁやぁと笑顔で照れながら、円萬さんはごろごろした石の上をひょいひょいと身軽に飛び跳ねて行きます。直ぐに彼等の傍らまで来ました。
「お待たせ。」
そう笑顔のまま明るく言う円萬さんに、おうおうと、待ち構えていた紫苑さん、鷹雄の両者もにこやかな笑顔で応えました。
「君も来ていたのか、鷹雄君。」
円萬さんはミルの所在が意外でしたが、抜かりなく話を合わせました。
「紫苑さんから電話を貰ったんです。君も一緒に如何かと誘われたんです。それで…。」
伯父さん。と、ミルも調子よく彼に合わせました。地球上ではマルとミルは伯父甥の仲なのでした。紫苑さんの方は、そんな2人の遣り取りに全く違和感を抱く事無く、暢気そうに川の浅瀬に入り込んで釣りを楽しんでいました。
その後3人は、離れて思い思いの場所に立つと、今の季節の鮎釣りを楽しみ始めました。紫苑さんは数種類の疑似餌を取っ替え引っ替え、その日の魚の様子を窺い釣り糸を清流に流していました。鷹雄も紫苑さんの真似をして、簡単な疑似餌を取り換えてみたりして釣りに勤しんでいましたが、その内網など持ち出して川面に投げたりし始めました。その姿を見た紫苑さんが、ほほおう、若者ねと、苦笑を漏らしたりします。円萬さんはというと、彼等からやや離れた場所で1人熱心に検証中でした。彼は資料で見た本格的な友釣り用のルアーなど用意してきていました。上手く釣れるだろうか?、『郷に入りては郷に従え』、この星の伝統的な釣り方で釣果を御覧じろと言う所なのでしょう。誰が一番釣れたのかは、釣り専門の方のご想像にお任せした方がよろしいようで。ちょん!