「どっちでもいいよ。」
私は従兄弟の言いたい方でいいよと、何方でも好きな方で言って良いと答えた。それから早く言って欲しいと付け足した。
すると従兄弟は、驚いた様に座敷に向けていた視線を私に戻した。その様子を見ていると、従兄弟の方は一瞬私の言った言葉が何の事か分からなかった様子だった、ぽかんとしている。が、私がおやおやと、私の返事は従兄弟が私にさっき言っていた事への返事だと説明すると、従兄弟はああと合点した。そうして、本当に自分の好きな方で良いのかと私に確認して来た。私は勿論いいよと答えた。
じゃあと、従兄弟の方はふふっと含み笑いをしたが、直ぐに意気揚々、面白そうに瞳を輝かせてこう言った。
「智ちゃん今、大蛇の後になる物…、」
ここで従兄弟の次の言葉迄には少々間があった。
「…になってる?。」
私は、『はあて?』である。私には何の事か益々分からない。要領を得ないまま謎は深まっていくばかりだ。何しろ「だいじゃ」の言葉自体が私には謎だ。思わず、従兄弟にだいじゃって何かと尋ねてみる。すると今度は従兄弟の方が目を丸くして驚いた。智ちゃん知らないんだと意外そうな顔をして、さも当てが外れたという有様、その様な声で答えて来た。
「あれれ、温泉で一緒に見なかったかなぁ、聞かなかった?。」
と言うと、あの時智ちゃんいなかったっけ、と、私に言うのだ。さあてと、私は知らない、何の事か分からないと私は素直に答えた。ここまで来たら、知ったか振りしても仕様が無いと思えたのだ。私は従兄弟より歳下だし、知識も経験も従兄弟には及ばないのだから。
それじゃあ、この話は知らないんだ。と、がっかりした雰囲気で従兄弟は言った。これ以上は私と話してもこの話題では盛り上がらないと気落ちした様子だ。では、従兄弟は次には私にも分かる簡単な話に移るのだろうか?、私は期待した。私は常日頃、何時もこの従兄弟に何かしらの新しい遊びや物事を教わる事が多かったからだ。従兄弟はぽつねんと立ち竦んで自分からの言葉を待っているいる私を、しげしげ、ジロジロと眺めていたが、その後も口を閉じた儘で、その内その視線と注意を祖父と私の父が話す座敷へと向けた。
私はそんな従兄弟の様子に、こちらから何かしら話し掛けた方が良さそうだと感じた。そこでぱらぱらと、直前に話していた私達2人の間の言葉を思い出してみた。そうして私は自分の知らない言葉を聞こうと決めた。
「だいじゃってなぁに?。」
すると従兄弟は、ええ、ううんと、自分の意識を座敷から私に向けたく無い素振りで、しいと、少し黙っていてくれると言う。叔父さんの声が聞こえないだろう。と言われて、私は先程の自分の事を思い出した。聞き耳を立てる事は何処も同じだと苦笑した。
「だいじゃとは、何の話だろう。」
私の父の声がした。智だろう、あれは。そう父は言うと、「やっぱりだ、やっぱりあなたの言う事は信用出来無い。」と、祖父に対して他人行儀な言い方をした。智はあれは元気じゃ無いか。あなたと言う人は、全く人騒がせな人だ。何を言ってくれるのだ。と、けしからんな、と、祖父に対して父は息巻いていく。
そんな息子の無礼な態度にも、祖父の方は怒った様子も無いようだ。そうかねと静かに答えている。そうして、だいじゃは大蛇だろうと、その手帳と鉛筆を私に貸しなさい。と父に言っている。父は自分の手帳だからと、大事に取り扱ってくれ、と祖父に数回念を押すと、どうやら父の手等と鉛筆は祖父の手に渡ったようだった。
これだろう、祖父の声がする。ええっと驚く私の父の声。まさか、と父が、またいい加減な事をと祖父に言うと、祖父は否これで合っている筈だと言う。父が不満そうに、何故あの子がこんな言葉を今使うんだ、変だろう、と尋ねると、祖父は今だからだよと、平然としている様子がこちらに伝わって来た。
「『春の花婿』の話だよ。」
祖父の言葉に、「はるのはなむこ?」、父の怪訝そうな声がした。私の父はそんな話と言うと、「尚の事、今この状態にそぐわない話なんじゃないか、めでたそうな言葉だ、そんな話じゃ無いのか。」と言う。
はるは春だろ、季節の春、いい季節だ。はなむこは花婿、婿に花も付いていれば尚の事めでたい時の事だろう。その話だろ、めでたい話の筈だ。
「今めでたい時か、内は。」
と、この頃は父も祖父に合わせて落ち着いた声になっていたが、彼の内心は決して穏やかではなさそうだった。
祖父は微笑んだらしい。何が可笑しいんだと父の不満気な声がした。「いい加減にしろよ、あの子が来てるから遠慮してるが、帰ったら父さんに話があるからな。」と、これは私の父の声だった。