座敷では遂に、「ふう、そんなに言うならやってみるといいよ。」と、嘆息と共に父の許諾の声が上がった。ほんと!と、嬉しそうに喜ぶ従兄弟の声とはしゃぐ気配。おいおい、本当なのかその話と、意外そうな声の祖父。ああ、教義では一応そうなっているんだ、と父が言えば、そんな話聞いた事もないがと応じるのは祖父だった。
それから、だがなぁと、私の父が歓喜する従兄弟に水を差す様に言った。実際の、現実の物事はそうとは限らないんだよ。お前の願いが叶うとは限らないからね。叶わないかもしれない、どちらかと言うと叶わない、それでもいいならお願いしてみるといい。そう、私の父は再び従兄弟に忠告した。そうして何をお願いしたいのだと聞くと、従兄弟は恥ずかしそうに、困惑した様子で内緒だと答えていた。そこで父は粘って、お前と私の間だ、内緒にして誰にも言わないからと、祖父にも内緒にすると約束して、如何やら従兄弟の願い事をこっそり聞いている気配となった。座敷がしんとしたのだ。と、
「それがお前の願いなのか。」
なる程なと言う、やや沈んだ様子の父の声がした。
その後、行って来ると言う従兄弟の声、ああ言っておいでと私の父の声ががすると、漸くの事で、という気配を纏った従兄弟が居間の私の所へと戻って来た。
「疲れた。」
従兄弟の第一声だ。やはりねと私は思う。今迄の座敷の様子から私が予期していた通りの言葉だ。私は従兄弟の言葉を聞いて思わず苦笑した。その予想のあまりの的中率に、口からハハハと笑い声が出てしまう。
おや、と、私の明るい笑い声に座敷の父の反応する声がした。「今の智の声じゃないか。」、そう彼は祖父に尋ねている。「はあて、さぁなぁ。」と、これは如何にもとぼけている感じの声の祖父だ。祖父は従兄弟同士、声が似ているのだろうと言う。あの2人が?、父の方は腑に落ちない気配だった。そうして亡骸は今何処に有るんだ等、何やら祖父にあれこれと尋ね始めた。
私はここで目の前の従兄弟に注意を向けた。従兄弟は何時も、にこやかな笑顔で以って私に対してくれていた。それは柔和な目付きだった。それが今日は、笑顔の取れた円な瞳をしている。そんな目で以って瞬きもせずにじいっと私の目、その目の底の底を見つめて来るのだ。私はどぎまぎして来た。
「智ちゃんも、何時も…、」
もう何時もじゃ無いか、従兄弟はそう言うとクフっと含み笑いした。ちょっと意地悪な色がその瞳に浮かんだ。従兄弟はここで一寸考えが浮かんだ様だ。私から視線を逸らし考えている気配になった。そうして思い浮かんだのだろう、こう言った。
「お祖父ちゃんや、智ちゃんのお父さんの話だと、」
そう言うと、何か可笑しかったらしく、ふふふと笑うと、従兄弟は堪えきれなかったらしく私からやや離れ、その背を私に向けるとハハハと笑い出した。
その後落ち着いてこちらへ向きを変えた従兄弟だが、何やら余程可笑しいのだろう、こちらに戻ろうとしては吹き出し、くくくと笑いを堪え、私の顔を見てはぷっと吹き出しと、なかなかその歩みが進まず、元の様に私の側まで戻っ来るのに時間が掛かっていた。
私はその間手持ち無沙汰となり、訳の分からない従兄弟の様子に付き合うのを止めた。私は従兄弟に対して少々腹を立てたのだ。そこで、座敷の方へと注意を向けた。そこから聞こえて来る音に耳を欹てていた。
「その字なのかい。」
祖父の声に、そうだろうと父の返事はそっけない。紙に書いてもらうと、そう、この字かもしれないな。静かな祖父の声だった。今迄の様に子供相手の声とは違う大人同士の話し声、歯に絹着せぬ忌憚の無い話し声だ。何の話だろう⁉︎、私は子供心に興味を惹かれた。