「智ちゃん、」
急に従兄弟が話しかけて来る。はっとして、私は従兄弟の顔を見た。と、またもや従兄弟はぷっと吹き出し口に手を当てた。相変わらずくふふふふと、笑いを堪えた笑いを始めた。
『何だ、またか。』と、私は従兄弟に対して、益々いい加減な子なのだと感じて来た。そこで一旦従兄弟に向けた私の注意を、再び祖父や父へと戻した。そうしながらも、私は意識的にちろっと従兄弟に対して批判的な視線を向けてみた。が、従兄弟の方はそんな私の態度にも一向に気付いた気配が無い。それ位、従兄弟の己が愉快感に囚われている様子は相当な物だった。身を屈める様にして腹を抱え、目まで開けられない様子で閉じてしまっている。従兄弟は笑い声を出す事も出来無いらしく、只静かに口を開けるだけで、やはりその動作は確かに笑っていた。
さて、座敷の方だ。「だがなぁ、この字でもいい様な雰囲気だったんだよ。」祖父は何やら父に弁解し、反論している様子だ。あの場ではそんな雰囲気だったんだよ。医師も看護婦も。祖父がそう言うと、「医師って医者か?」と、父は尋ねた。なら尚更この字だろう。と父が言うと、祖父の方は、お前あの場にいなかったから、雰囲気が分からないんだよ。と、2人の話はまだまだ続く様子だった。
「智ちゃん、智ちゃんだよね。」
如何や従兄弟の方は落ち着いた気配だ。私は従兄弟の方へ注意を戻した。従兄弟は堪えながらの大笑いで涙でも出たのだろう、赤い目をして私の前に立った。「そうだよ」。私は座敷の方へ気持ちを残しながら従兄弟に返事をした。
従兄弟が黙っているので、私はここで自分の注意を全面的に従兄弟へ戻し、その目を見詰めると、それで、それが如何かしたのかと尋ねた。
「智ちゃん、もう仏様だよね。」
不思議な言葉だ。従兄弟は何を言い出すのだと、この言葉にさっぱり意味を理解出来無いでいる私には、何の考えも浮かんでは来なかった。難しい顔をするしか無い私に、続けて従兄弟が言った。
「それとも、迷ってるの?。」
お祖父ちゃんの言う様に。そう言うと、従兄弟は私の父も未だそこまでは成り切っていないだろう、途中じゃ無いかと言っていたと言う。そうして、
「途中というと、あれ?。」
あれって、と、私はそれは何かと従兄弟に尋ねた。従兄弟の方は、何やらここで言い淀んでいた。何方を言おうかと言う。何方?、益々私には訳が分からない。あまつさえ、ここで従兄弟は私に、何方の言い方が良いかと聞いて来るのだ。
「智ちゃんの言ってもらいたい方で言うよ。」
私は何方でも構わないんだ。と、こう従兄弟に言われても、私には何の考えも浮かばんで来ない。従兄弟への返答に窮してしまうのは道理だった。困った私が黙して語らず、座敷の声にも無論、自分の気が回らないのはやはり道理だった。私達の間の静寂が、従兄弟の耳の方に働いた様子となった。ここで先程までの私の立場と従兄弟の立場が入れ替わった。私は自分の考えに集中し、従兄弟の注意は座敷の中へと向かった。
従兄弟に対して何と言えば良いのか。言葉に窮して床に視線を落とし、考え込んでいた私は、その間の長さにも窮して来た。切羽詰まって従兄弟の顔を見上げてみる。何か言ってくれるかしら?、そう次の言葉を期待してみる。と、従兄弟の顔は私の方を向いてはいたが、その目は座敷の方へ向けられていた。おやっと私は思った。如何したのだろう。
そこで私は座敷の方へ自分の耳を傾けてみると、
「そうか、そんな事を頼みたいと言ったのか。」
と言う祖父の声がはっきりと聞き取れた。従兄弟は怒った様にきっと口を結んだ。その顔を見詰めた私の目には、従兄弟のその目にも怒りが見て取れた。