お前知らないの?知っていると思うがな。寄席に一緒に行っただろう。あの時していた落語だよ。長者と言う所を、何じゃになられたと言われて、その後、ほれ、風邪とか、番茶とか、大蛇とか、何とかになられた、とか言ってただろう。あれだよ。あの話だよ。
こう祖父は息子である私の父に説明した。その後の座敷では父の返答まで暫く間があった。その間私は、自分の注意を私の目の前にいた従兄弟に向けた。従兄弟はあれぇと言う様に、祖父の知識の豊富さに驚いていた。文字通り舌を巻いていたのだ。この従兄弟の顔は私には初めての対面だった。不思議な顔に私には思えた。
私がしげしげとその顔を見つめていると、従兄弟はそれに気付き、その口の端からのぞかせていた舌を引っ込めた。そうして私の顔を伺うと、今何を考えているのかと尋ねて来た。
「不思議な顔だと思って。」
そう言うと、そっちこそ何を考えていたのかと、私は従兄弟に問い返した。面白い舌をして、と、こうも付け加えた。従兄弟は逡巡して考え込んでいた。
ま、いいか。私の従兄弟は決断した様子でこう呟くと、私の目をじっと見据えた。
「智ちゃん、もう仏さんなんだし、何を聞いても、自分が何を言っても、この先この世での自分には何の影響も出無いだろう。」
こう分別臭く従兄弟は言うと、実は自分は父方の親戚が好きじゃ無い、中でも祖父はそうだと言う。年寄りだし辛気臭いだろう。でも父の親戚だが私の父である叔父さんは別だ。大学出の学歴も有り、見てくれの見栄えも良い。叔父さんは学歴が有るだけに言葉の知識が豊富だ。付き合ってもこっちに損は無い。それに一緒にいると姉さん達やご近所のおばさん達の受けがいい、こちらにもお相伴が回って来る。何方かと言うと付き合った方が得だ。祖母も年寄りだが、その点は同じくおじさん達からお相伴が来る。彼女お金もあるしね、これは分かるんだ。1年の内の小遣いも数多い。その内の1回の金額も多いからね。そう言うと、その並べられた言葉にポカンとしている私の顔を見て口を閉じた。
私は今従兄弟の口から出たそれ等の言葉を容易に理解出来無かった。そこで従兄弟の顔を見詰めていた自分の視線を一旦落として、今のそれ等の言葉を自分の頭の中で整理してみた。が、さっぱり要領を得なかった。私はぷつぷつと自分の口の中で気になり理解出来無い従兄弟の言葉を呟くと繰り返してみる。
すると急に従兄弟の顔付きが変わった。従兄弟は私に前述の告白をしながら段々とその顔や体の向きを変え、この時迄に私に対して斜に構え始めていたのだが、さっとばかりにまた元の様に真っ直ぐにその体を私に対した。その顔を真っ向から私に向けると、従兄弟はさも食い入る様に私の顔を覗きこんだ。私がそんな従兄弟の顔を何だろうと観察してみると、その目は如何にも嬉しそうで、円な瞳には輝きが宿っていた。勢い込んだ従兄弟は口を開いた。
「今の念仏だろう⁉︎。」
智ちゃん、もう智ちゃんじゃ無いんだっけ。来たね、遂に来たんだ。この時を待っていたんだ。従兄弟の期待を込めた歓声が上がった。