Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 87

2020-12-08 13:19:54 | 日記
 祖父は身を崩した。彼は斜に構えると、

「ああ、そうですか。」

こう如何にも気の無い返事を息子にした。

「なんだその足を出した態度と言葉は!。」

私の父は苛立ちながらも、その自分の父の態度の悪さにやや溜飲が下がった気配に見えた。父は自分の父に対して、何かしらの優越感をここで感じ取る事が出来た様子だった。私が観察していると、父は祖父から顔を背け、影でふふんとばかりに嘲笑した。無学な人間では、その程度の品格の持ち主にしか成りようが無いのだ、と言わんばかりの彼の態度だった。私は家族の為に、商売熱心にここ迄来た祖父と思うと、彼の子で有る私の父が親である彼に取ったこういう態度に、染み染みとした感情が湧いて来た。年を経った祖父を粛々として気の毒に感じた。

 「私の好みで来た訳じゃ無いよ。」

祖父は横目で以ってそんな父を物憂く眺め、不平そうに口にした。すると、えっと父は驚いた。「父さんが買って来たんだろ、だから父さんの好みだろうが。」、そう私の父は言うと、また、父さん、いい加減なこと言うなよと、彼は祖父に対して再び怒りを再熱する気配となった。

「私が買ったんじゃない。」

祖父は内の怒りを抑える様に、不満気な口調になると父に言った。

「…買ってあったんだよ。私が商売から帰ってみるとね。」

彼の後に続く言葉は静かであり、終わりに近付くに連れその声は小さくなって行った。「不甲斐ないだろう。男としてはね…。ああ、言ってしまったなぁ。」嘆息!。

 これを聞いて、私の父は驚いた様子で、如何いう事なのだと祖父を問い質した。

「それは如何いう事何だい!?。」

自分に説明してくれと父は祖父に言った。自分に分かる様にだよ、と彼は言った。すると祖父はそんな父に、ふふんと悪戯っぽそうな目付きをくれて、それは内緒なんだと言わんばかにほくそ笑んだ。そうして祖父は、私の口からは何ともとだけ言うと、その後私の父がいくら彼をせっついても彼の口は開か無かった。のみならず、私の祖父は押し黙った儘腕組みして身を固めると、そのままの姿勢で黙して決して語らず、頑なに岩に張り付く磯の貝の風情で通した。漸く彼の息子である私の父が渋々諦めかけに掛かると、「詳しくは母さんに聞くといい。」、不満足気な顔付きの息子に祖父はこう答え、この話はこれでお終いだよと一言いうと、彼は彼等父子2人の間の話題を変えた。

    「ところで、さっきお前が言っていた、文字の違いとは何の事だい?。」

文字の違い?、はあて何の事だろう。祖父の質問に父は如何にも不思議そうな声を出した。分からないなぁ。とここで、私の父が今迄の祖父の態度への報復に惚けてみせた物かどうか、これは私には分からなかった。

 さて、この舞台、私は大人の遣り取りに全く以って着いて行けず、参加はおろか、彼等の話を聞き取る事にも疲れて来た。のみならず、立っている事にも疲れ果て、可なりな疲労感を覚えて来た。私は『おつくわい、おつくわい』と呟くと、その場によいせと膝を着き正座した。

 この時、祖父は私の方を向いていたが、父は私に背を向けていた為、私のこういった変化に気付いていなかった。そこで祖父が自分の掌で私を指し示し、父の注意を私へと向けようとした。息子の子である私の変化を、当の親であるお前も気付けと示したのだ。が、父は私の方に振り返らず、向こうを向いた儘で祖父の合図には頷いただけだった。

 知っているんだ。見えるのかい?、後ろが?。いや、…、この先の事だよ。この先?。起きるだろう。起きる?。…狂喜乱舞とか、色々。いや、はて、何だろう?。知っているくせに、云々。祖父と父は、それらのヒソヒソ話を互いに話していたが、到頭父が観念したという様で言った。

「他人もそうだが、見たく無いんだ。」

特に、我が子の最後、臨終の場面など。と。

 “ご臨終です”か、『確かそんな言葉を遊びの中で聞いたな』、私は思い出した。あれは何の遊びの時だっただろうか…。私は気怠くなり、正座の足を崩すと畳に身を横たえた。それでも何だか何時もの様に私の体は安らいで来ない。何時もなら、身を横たえれば自身の体がグッと楽になり、気持ちも張り詰めていた物が緩んで来るのだ。心身と共に解れ私は安らぐ筈なのに…。

    私は休息出来ない自身の現状を疑問に感じた。何故だろう?。考えてみた。すると、グーっと頭痛がして来る。『頭が痛む、さっき打つけたっけ、階段の所の天井板だ。』そのせいだなと自ら合点していると、次にはムラムラと胃がムカついて来た。悪心が起きて来たのだ。グッと吐き気を抑えている内に、ここで私は先の父の臨終だという言葉に思い当たった。もしかするとそれは私の事だろうか、私は死ぬんだろうか、そんな暗い一抹の不安が私の胸に湧いた。うーん、それにしても苦しい。苦しさに声を出してみる。私はその儘ぐったりと畳に伸びた。

 そろそろだなぁ。そろそろか。そう祖父が言い、父が答えた。その声にふと気付いた私は、頭痛や悪心が我が身から去っている事に気付いた。すると、睡魔が襲って来た。

    眠い、目を瞬く。『そうそう、昼寝しろっていわれていたっけ。』『大人は何でも分かるんだな、私がこうなると知っていたから寝ろと言ったんだ。』。私は寝ようと思う。『ここで?』私はこんな1階のこんな場所で昼寝をした事が無かった。『ここでは行儀悪いんじゃ無いかな、あとで叱られるんじゃ無いかな、起きて2階へ行こうか、如何しよう…。』こう思い惑った。しかし、でも…、眠い、…ねむい。…。

 睡魔に抗いつつ、私は云々と言いながら身を捩りつつ、次第に深い眠りの淵に沈んで行った。酷く重くなって来る瞼だ。遂にこれを閉じると、私の視界は闇に閉ざされた。否、でも、未だ私に届く光がうっすらと瞼に映る。私は薄明かりを感じる。この瞼のスクリーンに広がる薄墨の世界。世界を己が眼に薄暗いと感じている私の脳裏にもまた、先程瞼を閉じた時に感じた夜の帷の様な黒い闇が次第に覆い被さって来る。私は頭の中に寄せてくる闇を感じる。次の瞬間、ことりと、午睡に落ちたと私は感じた。私は自分の意識と共にこの闇の淵に深く沈んだ。

 終わりだな。一巻の終わり。智の終生これにて一巻の終わり。だ。祖父が芝居か何かの口上のように言えば、

「そうだな、終わったな。終了だ!。」

これは父の声だった。「チョン!」何処かで拍子木の音が鳴った。

うの華3 86

2020-12-08 10:40:56 | 日記
 「で、実際はどんな様子だったんだい。」

智が階段から落ちた経過だよ。と、徐に私の父は祖父に尋ね始めた。

「父さんは見ていたんだろう、一部始終を。」

息子の言葉に、顔に困惑の色を浮かべた祖父の旗色は悪くなった。

 そんな2人の様子を眺めながら、私は身を起こして、尻を畳に付けて座り込んだ。私の見たところ如何やら祖父より父の方が優勢な様子だった。普段の父の様子に変わった彼は、既に私の父としての威厳をすっかり取り戻していた。

 「お父さん、お医者さんは?。」

私は気に掛けている事案に執着した。目の前で対話している2人にこう言葉をかけてみる。すると、またぞろ心配心や不安が私の胸の内に暗澹として広がってくる。

 私の父は、そんな私には無頓着だった。私の祖父と話す事に夢中であり真剣だった。4回も、落ちたのを、黙って指を加えて見ていたのかい!、等。祖父に対して彼の言葉も口調も厳しかった。私は、如何やら2人は喧嘩している様だと気付いた。

 そこで私は、親子喧嘩なんて悲しい事だと気落ちして来る。すると、仲良くしてね、親子で仲良く、そんな言葉が私の口を衝いて自然に出て来た。すると祖父が私の様子に気付いた。父を遮る様に私を指差すと、彼は何事か口を動かした。

 何を言っているのだろう?、私の耳には何も聞こえないのだ。先程から父と祖父の声が小さくなり、所々しか聞こえないと思ってはいたが、こうやって私が自分の耳に注意を集めてみると、ぼうっという雑音が頭の中に響いている事に気付いた。その音は恰も船の汽笛の様に海上から空に向けて響く様子で、この部屋の中、こもるように鳴り渡っているのだ。

 私は思わず自分の両の耳を両掌で擦ってみた。それでも、こちらに向かって口を開く祖父の声が全く聞こえて来ない。この時、私は自分の頭に煤けた霞が纏わりついている様に感じた。思わず数回、その暗雲を振り払うように左右に頭を振った私だった。

 「智ちゃん如何した。」

すると漸く、私には祖父の声が聞こえてきた。頭を振っちゃダメだよ、そっとしていなさい。そう祖父は私に向けて言っていた。その後彼は私の父に顔を向けると、「その話は後にして、先ず智ちゃんだろう。」と言った。そんなこと言って…、誤魔化しているだけじゃあ、と云々、少々私の父は祖父にごねていたが、ため息を一つ吐くと彼も祖父から私へと自身の体と目を向けた。

 私は祖父に促される儘、自分が持つ父に対する不安を伝えた。すると父は赤い目を瞬いた。うううと父の声がする。祖父はそんな父に微笑んで、彼に顔を向けると小声で何か囁いた。どれ、祖父は父に手助けしてやろうと言った。

 「智ちゃん、お父さんをよく見てご覧。」

と祖父が言った。私が父を見ると、祖父は元気そうだろうと言った。お父さんは元気だ。心配いらない。元気、元気、お父さんは大丈夫。そんな祖父の言葉の繰り返しに、私は大丈夫だろうかと案じながらも、既に気持ちは軽くなって来る。

 最後になると、祖父に促された父も「私は元気だ、大丈夫だ。」と言う段に迄んだ。と、私の不安、父に対して持っていた心配という物が、すっきりと吹き飛んで私の気分は揚々と軽くなった。

「良かった!。」

私は手を打って喜んだ。わーいとはしゃぎ膝立すると、気分も良く笑顔でもってすっくと立ち上がった。祖父と父は目を丸くしてそんな私を見詰めていた。

 「これで分かったかい、私が誤解した訳が。」

祖父が言った。彼は横にいる私の父に向かい目引き袖引きすると、合図を受けた私の父と2人並んで、彼等は私から背を向けた。

「これが一時の魔という物だよ。」

この一時の魔という物に皆騙されるんだよ。これが後々の、故人の仲間や遺族に対して後悔の念という物をもたらす魔なんだよ。さっきうっかりと私も騙されるところだった。怖いねぇ、一時の魔という魔物も。こう祖父がヒソヒソと内緒話すると、私の父は黙り込み、彼の父に直ぐに同意するという事をしなかった。

 父は私の方を振り返り、彼の肩越しに優しそうな笑顔を私に向けて来たので、私もこれに応えて彼の顔に微笑んだ。そんな私の様子を暫し窺う様子でいた父だが、また元通りに顔を向こうへ戻した。父の真っ直ぐな背は彼の考え事を示していたが、その内こちらにいる私に気を配りながら、横の祖父に向けて語り出した。

 字が違うんじゃないかなぁ。智の事は俺も合っていると思うが。そう静かに話し出した父に、祖父はお前分かるのかいと極めて驚いた素振りを見せた。

 「お前は内地から出て無いんだろう。」

何故分かるんだいと、父は息子に問い掛けた。分かるよ。終戦前はこっちでも彼方此方で爆撃による戦火が上がったからな。外地にいた父さんは、返ってこっちの事を知らないんだな。私の父は首を振った。祖父はそんな息子に、だがと、実際にこんな場面に触れていないと自分の言葉を直ぐには信じられないだろうと問い掛けた。息子の方はそんな父に何も言葉を返さず、唯肩を落として項垂れただけだった。

 「お前何か有ったのか?。」

父親の勘は鋭かった。何か有ったんだろう、言ってご覧と、息子の肩に自分の手を遣り、透かさず父は身を乗り出して息子と対峙すると、その 息子の両肩に手をやって彼の顔を覗き込んだ。言えば気が晴れるからと、彼は自分の息子に何事かを話す事を促した。

 「母さんには言ってないけど、」

心配するから。過ぎた事だけど、母さん、ほら、心配症だろう…と、朴訥として息子は自分の駐屯地が爆撃を受けたという事実を父に語った。それで、どんな具合だったのだと父が重ねて尋ねると、

「どうって、これこの通り、俺の方は五体満足だったさ。」

と息子は呆気なさそうに答えた。何だと父が拍子外れな溜息を漏らすと、息子はムッとした様子に変わった。何だとは何だと怒り出したのだ。

 「父さんが言えって言ったんだろう。」

そう言うと、俺だって爆撃に曝されたんだ、外地にいた父さん達みたいにな。空爆で遣られた仲間もいたよ、死んだ奴も何人かいたし、怪我した奴もいた。父さん達程じゃないかもしれないが。と、息子の方は憤懣やる方ない状態で口にすると父に詰め寄った。すると父の方も、まぁまぁと、あんな時は大きい小さいもない状態だからなと、息子の怒りを宥めた。

 それにしても、智と同じような状態の人を見たのかい、そうじゃ無いとお前には分からないだろう、この一時の魔という物が。そう祖父は私の父に話し掛けた。すると私の父は、はっ!と、呆れた様子の息を吐いた。

「父さんはこれだから!。」

私の父は吐き捨てる様に言った。「肝心な時に取り間違いをするんだ。こんなところで無学がバレるんだよ。」と、自分の父である祖父に向かって手厳しい言葉をぶつけた。

 これに対して、祖父も心中穏やかでは無い気配となった。確かに私は尋常小学校しか出ていないよ、それも途中にして奉公に出たからな。無学で悪かったね。お前の父はそんな人間だよ、確かにね。こう怒った声で言い返した。それから彼は、でも、昔は皆そんなものなんだ、それも仕方ないだろう。そう息子に諭す様に話し出すと、「この界隈は違うだろう。」と彼の息子は反激した。

「皆高学歴だ、小学校しか出ていない主人が何処にいる。」

と、今迄胸に溜め込んで来た不満をぶち撒けた。自分達兄弟がどれだけ肩身の狭い思いをしたか、その為皆どれだけ勉学に励んだか、否、励まされたか、それは母さんだってそうだったんだと、自分の父に対して彼は糾弾手厳しかった。

「如何してこんな所に住んだんだ!。」

自分に見合った所に住めば良かったんだ!と、息子は目に怒りを込めて烈火の如く長年蓄積してきた彼等の父への自分達兄弟の心情を暴露したのだった。

今日の思い出を振り返ってみる

2020-12-08 10:36:36 | 日記

うの華 116

 あれぇ!?。私は意外に思った。彼はこれ迄、如何にも父親然としていた筈だ。何時も私の質問にはきちんと答えて来たのだ。それが今回は違っている。彼は顔や体の正面をこちら側に向けていると......

 雨の日の今日。12月8日、火曜日です。段々と空気は冷えていきます。
 年末からお正月へ向けての準備をしなければ、そう思いつつ、コタツムリ。