「見てご覧、おかしいだろうう。」
父がこう言うと、彼の息子は思わず父さんと声を荒気に掛かった。そこで父の方は、素早く「智だよ、お前の子供の方だよ。」と、孫の私に対して言った言葉なのだと弁明した。加えて彼は手で私の騒動を指し示し自らの言葉を補足すると、彼の息子である私の父の注意を、絶えずバタつく私に向けるべく促した。すると、父もこれ迄に薄々は我が子である私の騒ぐ様子にただならぬ物を感じていたのだろう、ひやっとした感じで身を硬くした。
彼は思わず、「変な事いうなよ!。」、と私の祖父にきつい言い方をした。それは今迄の彼が、彼の父に対して抱いていた不満を露わにした瞬間だった。が、祖父はそんな私の父の抗議にも一向に動じていなかった。
彼は平然として自身の息子に言った。
「魔だよ、魔王が子供の襟首を掴んでこんな風に畳の上で引き回しているんだ。」
「お前には見えないのか、この光景が?」
私にはもう見えているんだ。この子の様子、この場の雰囲気。祖父は視線を落として静かに続けた。「こう言えばお前にも魔王の暗躍する姿が見えるだろう。」。
こう言われると、私の父も何かを感じたのだろう、渋い顔を持ち、腰の引けた様な状態でこの室内の空間、中空から上空と、至る所へ彼の視線を這わせた。
これでお前にも分かっただろう。確信を込めた祖父の口調であり言葉だった。私の父は一瞬臆病風に吹かれた様な風情になった。おどおどとした彼の目付きと顔付き、そうしてその身が急に細った様子になったのだ。私の父は顎を上げ強ばった顔付きになると、驚愕したその眼で私を見詰めた。
が、しかし、私が彼を窺う様な目と、彼の怯んだ目と目が合うと、彼はグッと踏み止まったようだ。
「変なこと言うな!、」
と、彼の父に対して歯向かうと、そんなこと言うからそういう風に見えるだけなんだ、と、彼の父の言い分を論破しようとした。が、それも束の間の事だった。息子の物言いにも彼の父の方は臆するところが無く、じっと空間を見据えていたのだ。
そうして、あ、ほらそこにと、彼の父である私の祖父が部屋の中空を指差すと、私の父はたじたじとなった足付きで私から後退った。そうして自分の父の側に寄ると、彼は自身の父であるその人の後ろに隠れようとした。
『面白い物だ』、私は興味深く感じた。私の父が祖父の子で有るという立場を、実際として見る機会をここに得たのだ、熟として感慨深かった。私の口から思わずほぉう!と合点の吐息が洩れた。すると、父の父という、祖父の大樹の影に寄ろうとしていた私の父は、そう行動しながらも私の視線を気にしたのか、又は直ぐ側に立つ自分の父から耳打ちされて、その刹那、叱咤激励でも掛けられたのか、思い止まったようにして彼の身を自分の父からやや戻した。彼の父と並んで同様に立った私の父は、その儘ちろちろと目だけを動かして室内や彼の子である私の様子を観察していた。
しかしその内、私が私の言う事を聞かず医者へ行かないと彼の事を嘆き出し、
「この儘だとお父さんの風邪が酷くなる、お父さんの風邪が酷くなるとお父さんが死んでしまう。」
「お父さんが風邪で死んでしまう!。」
と、畳の上に立ち止まると、私は遂にわーっとばかりに泣き出して、次には畳に突っ伏しておんおんと大粒の涙でもって泣き出すという魔王との活劇を繰り出すと、私の父のその目は先ほどの祖父同様、畏怖の念を含む小さな眼となった。これに対して祖父の方は、余裕というものか一見して落ち着いた風情であり、腕組み等して顔を伏せていた。
私の父はごくんと喉を鳴らした。そうして緊張した面持ちで頷いて言った。
「父さんの言った通りのようだ。」
覚悟を決めたのだろう、彼の声は落ち着いていた。「もう智はこの世にはいないんだな。」。彼は視線を落とし嘆息した。
そんな神妙な息子に、お前潔いいんだなぁと、感服したよと、横にいた私の祖父は言った。
「最初の子で、そうも諦めが良いとは。」
…私は、そうは出来なかったなぁ。祖父は腕組みした儘横を向いた。自分の息子から顔と視線を逸らしつつ、彼は感慨深く語った。「最初の子でね、薄情なもんだね。」やや皮肉めいた彼の口調だった。
そんな父の言葉に、彼の息子は目を上げると透かさずチラリと自分の子で有る私と彼の父の顔を見比べた。私は涙を溜めた目でそんな父の様子を窺うことが出来た。すると私と父の目が合った。と、父はムッとした顔付きになり、考える様に腕組みした。