Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 84

2020-12-02 13:47:39 | 日記
 父の方は祖父の小言に応じ始めた。祖父が急に声を掛けるから、私はちゃんと手を握り締めていた、自分はちゃんと確認した、落ちる時は自分が子の下になっていた、ちゃんと私を庇って落ちた、等々言葉を並べ立てて親である自分を弁護した。

 祖父は私の父の言い分を黙って聞いていたが、口を開くと、決して驚かせる様な声音では無かった、孫は力が入る程元気では無い筈だ、ちゃんと自分の手を使ってそれを確かめたか、落ちる時に孫は頭を打っていた様だがお前は気付いているか、お前が子の下になった割には孫は離れた場所に転がった様だが、と、彼の見解を並べた。

 私は血の出る怪我がなさそうなのでホッとした。痛みもそう感じない。そこでこの事に、にっこりとして直に自分の手で体を弄ると、実際にも確認の取れた身の安全に非常に喜んだ。あんな上から落ちて全く怪我が無いなんて、自分は何て運がいいのだろう、これは、自分は相当な強運の持ち主だと歓喜した。きゃっとばかりに笑い声を上げた。拍手喝采、嬉しくて堪らない。

 向こうにいた祖父が、急に父との言い合いを止めて寡黙になった。チラッっと此方にいる私に視線を寄越した。先程と同じ厭わしい眼差しに変わると、彼は身を屈めるようにして父や私から数歩遠ざかった。そんな祖父に、私の父は異常を感じて如何したのだと尋ねた。

 「分からないのか。」

魔だよ、魔が孫に取り憑いている。そう言う言葉に私の父はギョッとした。思わず彼の両肩が上がった。父は私に背を向けていたが、その背に不穏な気配が漂う。魔って?、父の声が聞こえて来た。祖父は父の顔をじっと見つめていた。が、彼の口からは言葉が出なかった。

 程なくして、頃合いを見極めた彼は息子に言った。

「魔王だよ。」

えっ?と息子の合点がいかない様な声がした。また暫く息子の様子を見極める彼の寡黙な目。シューベルトだよ。父が息子にヒントを与える様に語り掛けた。お前もあの歌詞通りの事をしていただろう。そこでと祖父は片手で階段の上を示した。魔王が孫の襟首を掴んで、お前達はそこへ引き落とされたんだよ。祖父の話は私には物語めいて聞こえたが、私の父の耳には怪談話に聞こえた様だ。彼は悪寒を感じたようにブルっと身震いした。『お父さん、風邪引いたのかな?。』私は思った。

 つい先頃私の父は風邪で熱を出し、数日寝込んだ事が有った。彼は寝込む前寒気がすると言うと盛んに身震いしていた。もっと早くに医者に掛かれば軽く済んだのにと、父は往診に来た医者や祖父母に言われていた。私はそれを思い出し、お父さんは早く病院へ行ったほうが良いと思った。そこでそれを即座に父に進言しようと決意した。

 「お父さん、お医者さんに行った方がいいよ!。」

はやく、早い方がいいんだよ、悪くなる前に。さあさあと私は父を気遣って、彼の側に歩み寄ると彼の片袖を手で引いた。医者に行こう。すると父は、クスリと笑い、ははぁんという様に彼の顎を撫でた。そんな父の素振りに私の祖父は、何だいと怪訝そうに口にした。

「薬だよ。」

くすり?。ああ、薬だよ。自分の言葉に未だ怪訝そうな顔の祖父に、私の父は言った。

「医者といえば薬だ。付き物だろう。」

祖父はちょっとムッとした顔付きになり、それでと彼に話の続きを促した。「シロップだよ。」、しろっぷ?、それが?。と、祖父。父はちょっと呆れた様な顔をした。

 シロップは甘いだろ。そう言えば分かるだろうと、彼の父の反応を窺った。さあてと、彼の父である私の祖父はさっぱり合点がいかないという様子で顔を曇らせた。そんな祖父の様子に、私の父は、本当に父さんも鈍いなぁと、はっきりボケたのかいと祖父に対する苦言を口にした。

 すると祖父は、ぽかんとした様子で頬を染めて微笑むと、「お前の方こそ、尋常じゃ無いよ。」と、我が子大事に如何やらお頭がイカれたらしいと切り返した。すると今度は父の方がムッとした顔付きになった。2人の間に険悪な空気が漂い始めた。私はそんな彼等の間の気配を感じたが、父大事とばかり盛んに彼に医者へ行くことを勧め、彼らの周囲を右往左往、バタバタと走り回り、大変だ、お父さん、風邪、風邪と騒ぎまくった。

「如何して憑き物に薬が効くなんて考えたんだい。」

祖父が苦虫を噛み潰したような顔で自分の息子に尋ねた。そうしてその返事が返ってくる前に彼は言った。