仕事って、と、おばさんは不服そうな顔付きで少々口を尖らせ物言いをした。
「こちとらは、はぁ、ご飯も未だだっていうのに…。」
ご飯?、ああ、昼ごはんか。私は思った。続けて、『随分遅い昼ご飯だなぁ。』私は思った。私など昼食の後の昼寝まで終えて、その後にここ迄来ているというのに。やや呆れた目付きでおばさんを見上げると、おばさんは如何いう物か怒った顔を見せずに、今までの緊張がほぐれた様にふうと肩を落とすと、如何にもほっと安らいだ様子で優しい笑顔を私に向けた。
何時もの智ちゃんだね。自分に言い聞かせる様にそんな事をしんみりと言うと、この家の2階に向かって、何時もの智ちゃんだよ、治った様だよ、等言った。2階では、一瞬ええっと驚きの声が上がったが、直ぐにシイっとそれを抑えるような声と気配が伝わって来た。如何するんだ、如何って、等、その後も頭上では話は続いている様だったが、私のいる1階の玄関先迄は話の内容は伝わって来なかった。
何だろうか。私は2階にいるのが誰と、判然としない状態でいた。この家の2階なら、いるのは清ちゃんと、ここにいない彼の父の筈だ。が、如何も何時も聞いていた彼等の声音とは違っている様に感じる。そこで私は口を閉じて頭上に耳を澄ませてみた。そんな私の様子に清ちゃんの母も口を閉じて黙っていた。
この様にシーンとしていた階下だったが、頭上から聞こえて来る声の気配はやはり私には馴染みの無い声の様に思える。そこでこの家の2階に今いる人物達は、この家に普段いる住人とは違う誰か別の人物らしい、と、私にはそんな風に思えて来るのだった。そうしてその人物達が、何かしら忙しなく焦って動き回っている。そんな頭上の喧騒の様子ばかりが伝わって来るのを、私は階下で不穏に感じ始めた。