Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華 182

2020-03-17 12:34:37 | 日記

 パンは柔らかく、食べた事の無い味と食感で最初不思議な感じがしたが、私がそれを口の中に運んで噛み、飲み込む毎に私の嗜好はこの食べ物に填まって行った。

 私は手に貰った分を全部食べ終えてしまうと、祖母の手の中にまだ有る共の残りのパンも欲しくなってしまった。そこで私はじいっとばかりに、物欲しそうな目で彼女のパンを見詰めてみた。

 私がその1点ばかりを集中して見詰めていると、如何いう訳か祖母は透かさずパンを持った儘その手を彼女の体の後ろに回してしまった。おやっと私は思った。何時もなら、私が欲しそうな顔で菓子等見詰めると、祖母はそうと気付いて必ずの様にほらお食べと、それを私の手に寄越してくれるのだ。

 そこで私は不満そうな顔をして祖母の顔を見詰めた。そんな私に、祖母はふいっと視線を横に逸らして暫く素知らぬ顔を決めていたが、ややあって後、彼女はまたにこやかな顔をこちらに向けた。

「パンが気に入ったのかい。」

そうなんだろうと祖母は言った。私が云と頷くと、祖母はふいと何かに気付いた顔をした。

 彼女は一寸しまったという様な雰囲気で背筋を伸ばした。それから、彼女は思い直したように私に身を乗り出して来ると語り掛けてきた。

「そうだと言う時は、云じゃ無く『はい』と答える様にしなさい。」

と私に指導した。

「外でも同じだ、大人の人から話を聞いて、分かったと言う時の返事も、『はい』だよ。」

そう言うと彼女は、分かったねと、私に確認する様に言って来たので、私はにこやかに「はい」と答えた。すると祖母は上機嫌で笑顔になった。

 彼女はそこで、ご褒美の様に私に残りのパンを割ってくれようとしたが、今しも割ろうとした時、彼女のその手が止まった。彼女は何やら考えて思い直した様子で、いいよ、これは全部お前がお食べと、そう言うと自分の手に有ったパンの塊をそのまま全て私に寄越してくれた。

 「えっ、いいの?。」

私は一瞬驚いたが、その私の目の前に差し出されたパンを見詰めると大層嬉しくなった。私は祖母の顔に目を遣って、その彼女の笑顔を見るとありがたく、勿論喜んで彼女の手からそれを受け取る事にした。彼女がそれを手放すのを躊躇していた仕草を思うと、受け取るパンの貴重度が私には弥増して感じられるのだった。私はそれを恭しく彼女の手から受け取った。そんな私に、祖母は何かしら複雑な表情を浮かべるのだった。


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