「まぁ、この話は追々するとして、君は紫苑さんという地球人の男性の事が気に掛かっているんだろう?。」
つるつるとした頭に手をやりながら、恥ずかしそうに頬など染めて、ドクター・マルはミルに向かって言うのでした。「その話から先に進めようじゃないか。」
それはミルが故郷の星に帰る前、休暇に入る前の出来事でした。ミルは任務で降り立っていた地球上で、彼の任務とは全く関係の無い人物、或る1人の地球人男性と親交を深めることになったのでした。その男性の名前が紫苑さんというのでした。ところが、ミルは急に休暇を取る事になり、当然親交を深めつつあった地球人男性の事が気掛かりとなったのです。また、紫苑さんは奥さんを失くして独り身、世間とも付き合いの無い孤独な初老の男性でしたから尚更でした。彼は紫苑さんの身の上を案じていたのです。
そこで、ミルは帰郷する前に、常日頃彼が信頼を置いていた宇宙船の医師であるドクター・マル氏に、彼の留守中、紫苑さんなる人物の面倒をお願いしておいたのでした。ミルは前以て、ドクターに紫苑さんの現状を子細に話してありました。
「君の言う通りだね。彼には精神的なケアが重要だったよ。」
こう言うと、マルは言葉を続けました。
彼は人付き合いが全然出来ない人物だね、堅物というか。私の知人にも過去にああいう人物が何人かいたが、皆早死にしてね。…。マルの話を聞きながら、ミルは苦笑いを浮かべました。
「知に働けばでしょう、」
とミル。
「おや、そんな地球の言葉を知っているのかい。」
とドクターが驚けば、ミルもドクター、知っているんですか?と、驚きました。
「素早いですね、僕が休暇に入ってから…。」
ミルは自身の休暇の時間をこの惑星の経過時間に換算するのでした。地球上ではほんの1月程でした。
「1月もあれば十分だよ。」
事も無げにマルはミルに言ってのけるのでした。
船での医療の傍ら、マルは興味に任せ地球上の至る所の文献を読み継いでいました。ミルに頼まれてからは、紫苑さんの居住地域である地球上の日本について、関連文献を読み漁り、歴史や文化は勿論、その言語の成り立ちや熟語成語、諺に至るまで一晩で看破していたのでした。
なかなか興味深い種族だね、日本人は。特に「竹取物語」は良かった。月と地球の異種族間の相違など、この星での古典という物なのに、現代の星間での異種族間の相違、交流の縮図を見る思いだったよ。マルは顎に手を遣り、嬉しそうにその瞳をアップルグリーン色に輝かせるのでした。
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