鈴舞さんや母が当てにしていた父にしても、最初はおう、そうか日舞か、と明るく言いつつ、色よい返事をしそうになりながら、
「…考え物だな。」
奥の襖に隠れるようにして顔だけ出して息子を見やる母の顔色に気付くと、そう呟くように声を落として直ぐには答えを出さなかったのでした。
その後、父は部屋に落ち着くと、稽古場や師匠の名前など母の方に尋ねたのでした。無論母には分からず、鈴舞さんの母は次の稽古の日に娘に付き添って行くと、師匠にあれこれと名前や流派など尋ねて、稽古場の雰囲気など見て取って帰って来たのでした。
父は母子から子細に稽古場での様子を聞くと、再び「やはり考え物だな。」とこぼしました。
「そんなあなた、師匠には立派な源氏名迄有るそうですよ。」
と母が娘の為に取り成して言うと、「駄目だね。」と、彼は急に眉を聳やかして一蹴すると、この習い事の話はこれで終了となったのでした。しかも、「もうこの話はしないように。」と父は真顔で頗る機嫌が悪くなり母子に釘を刺したのでした。
その様な訳で、鈴舞さんが日舞を習うというような話は全くの立ち消えとなって仕舞ったのですが、その内この稽古場も鈴舞さんのご近所から消えてしまい、彼女が日舞について耳にする機会も無くなって行きました。
後に彼女は発表会の練習だと誘われて、連れて行かれた稽古場でお祭りの着物の晴れ着を着た子達を見る機会がある迄、鈴舞さんは羨ましさからまた日舞を習いたいとは思は無かったのでした。が、結局は習い事をおねだりする彼女に、前回同様の結果が待っているだけなのでした。しかも今回は母も地域の事情をわきまえていて、父同様、娘ににべも無い態度で臨んだのでした。
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