しかし敢えて彼女は内心の怒りを言葉に出すと言う事をしなかった。あくまで理性的にと思う彼女は、ひたすら自分の気持ちを沈めに掛かった。
彼女は唇をきっと結んだ。そうやって自分の気持ちを引き締めると、彼女は物事に集中する様にキリリとした端正な顔付きになった。自分は分を弁えている、だからこうやって口を閉ざしているのだ。彼女は口を閉ざす事で舅にその事を無言で示していたが、それでもと、自分は起きている事の全てはちゃんと把握しているのだと、その事は周囲に示して置こうと思うのだった。彼女は眉間に皺だけを寄せると、舅と店主、彼等の顔に彼女の不愉快に思う面を確りと合わせて置くのだった。
「嫁姑、あんた達は良く似ているなぁ。」
そんな彼女の顔を認めた舅が徐に言葉を発した。
「事に対してする事が同じだよ、あんた達2人は。」
彼はそれから、その表情をやや硬らせると、次には厳しい表情で嫁を見返した。「似た物同士は気が合わない。」そう口にすると、彼はこの話はまた何、とその後の言葉を濁した。
今はそれ処では無いのでね。あんたもそうだろう。舅は言うと、自分の懐を探って小振の帳面を取り出した。「これは私の用向きに、つい家から持ち出して来た物だが。」彼は言った。「あんたの方の用向きに使うといいよ。」そう言って彼は、目の前にいる彼の息子の嫁に小切手帳を手渡した。
「見れば分かるが、それはあれの名義になっている。」
彼女が舅に言われた通りその紙綴りの表面を見ると、そこには彼女の夫の名が記されていた。
「小切手帳だよ。使い方は分かるだろう。」
私が貯めた物だが、舅は続けた。家の跡取り用に、もしもの時の為に避けて有った分だよ。元々はあの子の為の物だったのだよと言うと彼は、「今回つい持ち出して来てしまった。」「今の内にお前さんの方に渡しておくよ。」と言葉少なになった。
嫁はじいっと手の中にある帳面の表を見詰めていた。そんな彼女に舅は細々と言った。
「今から家の裏手に回れば必要になるんじゃ無いのかい。」
いいんだよ使ってしまっても。あの子の物はお前さんの物だ。良い様にしなさい。舅はそう言うと嫁の顔から彼の視線を外した。店内は静まり返るとコトリとした物音もしなかった。
「手切金でさぁ。」
店内の重い沈黙を破る様に食堂の店主が声を出した。「お暇が出たんでさぁ、奥さん。」奥さんにも皆にもね、と、最後に小さく彼は彼の客の母娘連れに言った。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます