ダンスは愉し 3
幸いな事に、この真摯な態度と集中力で、彼女は学校時代の行事で行われたダンスの振り付けを完璧に熟す事が出来ました。そして、行事本番の日になる頃には、その音楽に合わせて踊るという行為......
2月も早や月半ばです。雪の予報も聞こえてきます。今夜は鍋物かな。
ダンスは愉し 3
幸いな事に、この真摯な態度と集中力で、彼女は学校時代の行事で行われたダンスの振り付けを完璧に熟す事が出来ました。そして、行事本番の日になる頃には、その音楽に合わせて踊るという行為......
2月も早や月半ばです。雪の予報も聞こえてきます。今夜は鍋物かな。
ダンスの愉しみ
さて、鈴舞さんはこの事で自分は躍るのが好きだなぁと気付きました。それは体育祭の練習の時、男女でフォークダンスの練習をしている時でした。踊りを覚え、皆で揃って同じ踊りを繰り返し......
正直、今年の暖冬が嬉しいです。冬は雪掻き大変ですからね。でも、やはり寒の内、段々と冷えて来るのを感じます。温暖化で台風の豪雨が続くのも嫌だけど、このまま暖かいといいなぁ。
私は非常に驚いた。屋外での近隣のお店回り、坂道での危難、そして曇天の下、数々の緊張を強いられた心労と疲れからか、はたまた冷え込んで来た大気のせいか、すっかり心身共に冷え込んで帰宅した私に、待ち構えたかの様に祖母は言ったのだ。
「姉さんはいい人だ。」
「お前のお母さんの事だよ。」
「よく出来た人だよ。お前もお母さんを見習って姉さんの様な出来た人になりなさい。」
玄関から奥へと入って来た私の気配に、祖母は待ち受けたように座敷の入り口から姿を現すと言った。
何しろ今迄が今迄だっただけに、母に対して誰も褒め言葉等言った試が無かった我が家だ。私は呆気に取られてぽかんと口を開けると祖母の顔を見詰めた。祖母はやや頬を染めていたが、確りと私の目を見据える様に目を見開き、緊張した面持ちでいた。そして
「本当にあんなに出来た良い人はいないからね。」
そう駄目を押すように私に言うと、彼女は気が済んだのか、くるりと私に背中を向けると座敷に引っ込んだ。
はぁ?え?…。私は行き成りの成り行きが呑み込めずに立ち竦んだまま、その場で目を白黒させていたが、今の祖母の言葉を心の中で繰り返してみた。母が?出来の良い、よい人、良く出来た人?。考える程に益々私には事態が飲み込めなくなるのだった。
『変じゃないかな?。』
私は思った。確かに、今迄面と向かって母の事を、出来が悪い等と祖母が批判した事は無かったが、しかし、そう言った祖母は勿論、父や祖父等、家族皆から私の母の評価を聞かなくても、私の見る所、普段の母の言動を考えてみると、敢えて言うまでも無く可なりお粗末で出来は良くない人だった。どちらかと言うと出来が悪い部類の人では無いか?私はここで改めて自身の母の事を考えてみた。すると当然、私にはどうも祖母の今言った言葉が全て承服出来かねる事となった。
『母はやはり変な人だ。』
私は思う。そんな母の事を褒め上げるなんて…、もしかすると。私はここで初めて、母を褒め上げた祖母はかなり変な人なのではないか?、という考えを持った。
今迄何事も正しく真面な人、それどころか相当に出来た人物だと尊敬さえしていた祖母だ。そんな風に思っていた私が変なのだろうか?。事ここに来て私は世の中の物事の指針という物があやふやになり、自身の足元がぐらついて来たような錯覚に襲われた。
何か基になるきちんとした物、確りと変化の無い物を見つけなければ。目眩が起きそうなくらいに私の周囲はぐらついて来た。『早く何かこの世で確かな物を見つけないと、』私は焦りながら考えた。今にもばたりと倒れ込みそうな私は、ぐらつき流れ出した周囲の物品に益々焦った。走馬灯のように流れる色と形、それらをぐるぐる目にしながら、ハッ!と私は思い至った。
私だ!私という物は昔も今も変わりない。私の周囲はあれやこれやと千変万化のように折に触れて変わって来たのだ。が、常に此処に有る私というものは1つだ。
『私は昔から変わらずにここにいる私だ!。』
そう思い至ると、私はぐらつく足を踏みしめて畳の上に立ち留まった。
気付くと部屋の中には何の異変も無く、流れる様な流体として目に映っていた品々は、又日常の変わりない調度品として静寂の中、部屋の中にきちんと収まり返っていた。
たたたたた…。と、調子よく私が坂を駆け上がると、もう少しで平らな頂上に届きそうな場所に差し掛かったところで、如何言う訳か私の走る速度が急激に落ちた。そして直ぐに私の足がストップしてそれ以上、上の位置に上がれ無くなってしまった。上がれ無いどころか、私の体は後ろから誰かに真っすぐに引っ張られている様な感じになった。私は今にも頭から仰向けにひっくり返りそうになった。しかもグイっと来た力は私の頭に掛かり、頭から先に私の上半身はコロリとバック転しそうな雰囲気になった。この時の私は弾みよく、もんどり打って今来た坂道を転がり落ちて行きそうな気配を感じていた。
『危険!』
私の心の中の誰かが叫んでいた。『このままでは危ない!。』私は如何したらよいか分からずに、兎に角頭から後ろに倒れてはいけないという事だけが分かっていた。私は内心非常に焦った。
自分の後ろに存在している下り坂に向かってひっくり返ってはいけない!。下り坂という場所で、自身の身が転がるという危険を、私自身がこれまでの体験で既に経験済みとなっていた。私は、何時も遊びに行く寺の境内に続く下り坂で、何思う所無く下りる内に、否応なく自身の足の速度が増して行き、抗う術なく遂には勢い余って顔から転がり落ち、頬は勿論目の周囲に至るまで見事にそうと分かる様な擦り傷を拵えたのだ。私はその傷からの痛さと、転がって坂に身を打ち付けた時の衝撃から受けた精神的な痛手を、相当な嫌悪感として痛感し懲りていた。
『後ろは下りだ。』
今にも後方へひっくり返りそうになりながら焦る中で、私は実際に見て確認するまでも無い事だったが後方をちらりと見やった。すると、我知らずの内に私の上半身は、私の頭に釣られるようにくるりと後方へと身を反らして来た。私の半身は坂に対して横向きになった。これが幸いした。上半身の動きに合わせて下半身も横を向き掛け、足も体の動きを受け止める為にそれに続いて後方横へと自然にポンと出て来た。不思議と思う間もなく、私の身は坂道に合わせる様にしてくるりくるりとと下り坂を下りて行った。
坂がそう高くなかったので、坂の麓に至る頃には回転速度も緩やかな物になり、私は自力で体の動きを抑えられる様になっていた。静止して、気が付くと私は元いた場所、坂に駆け出す前のスタートの位置まで戻って来ていた。私の立場は恰も振出しに戻った様な格好になった。
「スタート地点だ!。」
私は驚いて言葉を発した。
ボードゲームや双六の様な架空の遊びじゃ無く、現実の遊びでさえ、振出しに戻るという事が有るのだ!。そして気付くと、私が将によしと自分に気合を入れて、スタートを準備した時の状態の儘、その形その儘に私の姿勢は出来上がっていた。私は中空に振り合上げられた自身の右手の握り拳を見詰めてみた。拳までもがスタート地点の形その儘だった。私の手は小さく固く握られている。この事に私はこれは!、と再度驚いた。映写機のフイルムを巻き戻したような感じでは無いか。
しかし何か違った事が有るはずだ。そうで無いと変では無いか?。私は思った。確かに登りが直進だったのに対して、下りは回転しながら降りて来たのだから、その点は違っていた。しかし私は未だこの事には気付いていなかった。それほどに気が動転していて、何より怪我の無かった事に安堵の溜息を吐いた。この目の前の家のアプローチの1地点に立ちはだかりながら私は酷く疲れ切っていた。
店から出て、一旦元の散策方向と同じ進行方向へと足を向けた私だったが、もう家に帰って良い頃だろうかという考えが頭に浮かび、今迄外出してからの経過時間を計ってみた。記憶を辿るともう戻っても良い間の空いた時間かなと思えた。私は歩を止めた。
私が立ち止まったその場所は、今出て来た店の店主が、私から顔を背けて見詰めていたガラス戸の丁度外側になっていた。それとその位置に気付いた私は、自分の目の焦点を、ガラス表面からガラス戸の内側、店内の様子に合わせて行った。そして店主の腰かけていた辺り、椅子の置いてある場所を覗き込んで見詰めると、果たしてそこには誰も腰掛けていない椅子、空いた椅子が1つ静物然として取り残されていた。
『あの椅子だなぁ。』
私は思った。位置から言うとあの空虚な椅子が店の主が腰かけていた椅子なのだ。椅子としての役目を果たしていない空虚な椅子同様、私は暫しぼんやりとその椅子を眺めやっていた。
ふと気付くと、私は店内にいる人の気配が妙に感じられた。何だろうと耳目に神経を集中した私の耳に、
「まぁ、嫌だ、あんな所からこちらを窺って。」
「旦那さんの様子を覗き見してるんですね、嫌な子だな。」
そんな奥さんや店員の声、しかめっ面した男性店員の顔が目に見えて来た。
私はハッとした。そうか、主の泣き顔を見ようとした性質の悪い子だと思われたのだと悟ると、私は思わず顔を赤らめた。直ぐに慌てて身を引くと、このショーウインドゥの前を後にした。一刻も早くこの店から離れようとして、私は元の出入り口のある店の表方向へは戻れ無くなった。仕方なく私はその儘散歩を続ける事になった。
一時駆け出した私だったが、少し進むとまた歩を緩めてぽつぽつと歩き出した。家並に沿って側溝の縁を歩いて行くと、玄関前が広く開けた感じのアプローチを持っている家へとやって来た。
この家の玄関前は、御近所でもかなり変わった洋風造りになっていた。玄関扉迄、左右に洒落た感じでゆるい坂道がアーチ状に短く続いている。坂道の頂上に当たる場所がエントランスだが、ベランダの様なコンクリート造りの設えになっていた。一方からこの頂上のベランダへ上がり、平らに少し進んだと思うと、向こう側へ下る坂道に入って行くという趣向だ。
私はこの玄関へと続くコンクリートの道を見ると、ふと思いついて駆け出した。目に入ったこの坂道を駆け上るのだ。そして向こう側へ降りていく。この家の玄関前の坂をこちら側から向こう側へと駆け抜けて行くという近隣の子供達の遊びを、私は数日前近くの親戚の子に習ったばかりだった。
「よし!。」
私は気分直しに威勢よく気合を入れると、目の前に口を開けたエントランス坂道に向かって駆け出して行った。