kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

「生」と「死」の孤独。

2013-11-25 22:24:08 | どこまで続くかこのブログ

 昨日の訃報を知らせてくれた友人の話では、亡くなった彼は前日まで見舞

いに来た者と話をしていたそうで、どういう状況だったか分からない面もある

のですが、最後まで意識がはっきりしていたことは確かでしょう。 

 

 なぜか、武田鉄矢の「金八先生」 のテーマ曲のひとつが思い出されました。

 「スタートライン」 という曲です。そのなかの一部

 ♪♪ 今、私達に大切なものは

    恋や夢を語りあう事じゃなく

     一人ぼっちになる為のスタートライン

 ♪♪ 今、私達に必要のものは

   光り溢れる明るい場所じゃなく 

   闇に向かって走り出す為のスタートライン

とも歌われます。

 子供から大人へ自立の時期、意識して孤独を求め 「旅たち」 をします。

その孤独の過程は 「自分らしさづくり」 と言っていいでしょう。

 一方高齢者の迎える孤独はどういうものでしょう。 

 

 昨夜のNHKスペシャリ 「 “助けて” と言えない孤立する認知症高齢者」

に見られた孤独は、意識できない孤独状態、という様に感じました。確か

に 「認知」に障害が生じるとは、「自分らしさ」への認識を巡っての問題

だと思います。

 こんな「名言」がアプリで届きました。小説家のスタンダールの言葉だ

そうです。 「最も賢明なことは、自分を自分自身の打ち明け相手にするこ

とだ。」

 この名言に即して思えば、亡くなった彼は最後まで自分を相手に晒し、

相手を通じて自分を認識し続けたと思えます。 ひとり死の向かう孤独

を超えていたのではないでしょうか。 もっとも賢明な最後だった、と感

じています。