kaeruのつぶやき

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「犬伏の別れ」はあったか。

2016-09-04 17:42:11 | 「真田丸」

  先週はお祭りでテレビを観ることなく終わり、昨日「挙兵」を観ましたが相変わらず聴きとりにくく、内容を語るにも不自由です。しかし、捨てる?神あれば助ける神あり、でインターネット上に「挙兵」のフル動画がありました。  http://www.dailymotion.com/video/x4qoecs  

   見直しして、聴き落としていたことも分かり納得したところですが、「挙兵」は一週間も前のことですので「つぶやき」ません。そこでまだ観てない「犬伏」について、タイトルの意味です。

   もし「史実として三成の挙兵はあったの?」などとは言わないでしょう、それならば「史実として “犬伏の別れ” はあったの?」というのも疑問としてあり得ないほどのことなのでしょうか。

   久しぶりに平田優さんの『真田信繁』による「つぶやき」です。

結論から書きますと、

【 犬伏の別れは後世の創作か、もしくはあったとしても、意思確認以上のものではなかったのではないだろうか。】と言い【 記して後考をまちたい。】としています。(『真田信繁』p117)

ここでいわれている【意思確認以上】とは、今の前の頁に、

【 ところで犬伏の別れは史実なのだろうか。実は、真田昌幸・信繁父子と信幸とは、これ以前からそれぞれ別々の思惑で動いていたことが史料から判明する。それを示唆するのは、石田三成・大谷吉継挙兵時に真田昌幸・信繁父子に送られた、七月三十日付書状の一節である。】

その部分を写しておきます。 

   その内容から推して、信幸は慶長四年の段階ですでに徳川方への帰属を決めていた、その段階で真田父子の東西への分立は用意されていたとみられる、としています。

  さて今夜どんな「犬伏の別れ」が観られるのでしょうか、期して待ちます。