まず、昨夜放映された「勝負」は通説によってはいませんでした。これは真田「幸村」でなく「信繁」で一貫させている姿勢に通じます。確か脚本の三谷さんがこの大河ドラマによって真田幸村ならず信繁を定着させたい、と述べていたと思いますが、第二次上田合戦の通説に対しても同じことがいえるでしょう。
昨夜の場面で言えば、ナレーションが「(秀忠は家康の)真田討伐の命を受け」と説明していました。また劇中、本多正信のセリフに「(上田城を)じわりじわりと」攻めればよい、とありました、これは先に予定は無い、上田城攻めに専念するということです。
「通説」はかなり深くしみ込んでいます、当然というか当たり前にというか私も上田にいた頃から今まで「秀忠の関ヶ原行きの途中寄り道合戦」と思っていました。専門家のなかではどうなのでしょう。NHKテレビテキスト「お城へ行こう」(2016年2月刊)の「上田城」にもこう書かれています。
【 第二次上田合戦でも〜、関ヶ原に一刻も早く到着するために早く決着をつけたいと焦り、〜】。
この本が専門家の監修のもとに作られたことは当然で、講師は千田嘉博さん(奈良大学 学長・専門は城郭考古学)です。素人のkaeruでしたら「第二次上田合戦は秀忠の関ヶ原までの寄り道合戦で、それが通説でしょう」ですむでしょうが、専門家となるとそうはいかないでしょう。
通説にもそれなりの根拠・史料があるはずで、その史料価値が他の史料によって否定されたということでしょう。そうなると昨日は略した《この通説に疑問を提起し、秀忠の動向に再検討を加えたのが笠谷和比古氏》の論著が気になります。
そこで『真田信繁』の「主要参考文献」を見てみました。
平山さんが導かれたという笠谷和比古さんの『関ヶ原合戦と近世の国制』が思文閣出版から発刊されたのが2000年、もう一つの『関ヶ原合戦と大阪の陣』(戦争と日本史17 吉川弘文館)は2007年と記されています。
こうなると本を見たくなります、出版社のHPから、
上の本は専門書という感じです、下の本は近くの本屋の棚で見た記憶があります。もしこの本が通説に疑問をていし「第二次上田合戦の真相はこうだ」というような内容だ、と知っていたら頁をめくってはいたでしょう。
何れにしても笠谷さんの「第二次上田合戦の真相」について新論が出されて、10数年が経っています。学界のなかで新論がどう受け止められてのか知る由もありませんが、平山さんの本の最初の方に書かれている次の言葉を読むとこれからの課題だとも思えます。
「これまで信繁が発給した文書の基礎的研究すらなされておらず、また彼の生涯についても軍記物を根拠にした記述が目立っている。もちろん、軍記物以外に根拠がない場合が少なくないのも事実なのだが。」
昨日【 だが事態は急展開する。】と書いて気を引いたままで終わりました、その後に触れずに終わるのも気が引けますが、又々「明日のお楽しみ」にして下さい。