岩波文庫『アーネスト・サトウ 一外交官の見た明治維新 上』に「第八章 鹿児島の砲撃」があります。1683年8月の薩英戦争の経緯をイギリス側から書かれたものです。
薩英戦争については、https://ja.m.wikipedia.org/wiki/薩英戦争 を見て下さい。
この文庫本を鎌倉の小町通りの古本屋で入手したのは5年程前でした。
なぜそんな事に触れるかというと、その時この2冊セットを岩波文庫の『オールコック 大君の都』の3冊セットと一緒に買ったら、そこの親父さんがやはり岩波文庫の『ハリス 日本滞在記』3冊セットと『ペルリ提督 日本遠征記』4冊セットを店の奥から持ち出してきて「こういうのもありますが」と言います。
当時探していたのは『大君の都』で、それだけでよかったのですがつい一緒にあった『一外交官の見た明治維新』まで買ってしまったのです、すると目の前の『滞在記』も『遠征記』も欲しくなりましたが、持ち金足りず『遠征記』を残してきました。
2年ほど前その近くに行きましたので、少々のお金もありましたから本屋に寄ってみようと……、この辺にあったはずだが無いのです、何やらかを売っている店になってしまっていました。
私にとって商店街がつまらなくなって行く指標は先ず古本屋がなくなること、さらに町の本屋さんといわれる書店がなくなることです。そんな意味で鎌倉小町通りもだんだんつまらない街になりそうで、喫茶店「門」も無くなったし、ついぼやきたくなりました。
つぶやきの目的は明治維新150周年に向けて、鹿児島の土を踏んだ目で、これらの文庫に触れながら浮かんできたことです。横道にそれたら「目的」の内容が頭から消えています。
多分アーネスト・サトウの次の言葉「私は、薩摩人がやがては日本中ではるかに他をしのぐであろうと思ったのである」(第15章)、この言葉に関し鹿児島の土を踏んだ体験を深めたかったのでしょう。そのことは追い追いの「つぶやき」にします。