八:驚いたねー、昨日は。突然のあの降りだ、かかあに頼まれた洗濯物びっ
しょ濡れだ。かかあばかりじゃない娘にまで文句をいわれる、文句あったら雨
に言え、て言うんだ。
熊:偉いねー八ちゃんは、あの奥さまとあの小娘様に「文句あったら雨に言
え」なんて啖呵を切ったのかえ。
源:熊さんも人が悪いねー、八ちゃんが言えるわけがない。俺は聞いていた
んだよ昨日、雨だ!と言って八ちゃんが駆けだしただろう。その後隠居さんが
傘を熊さんと俺に貸してくれたね。雨のなかに出て傘を拡げたら骨が折れて
いて役立たずさ、ひどい降りで八ちゃんの所で雨宿りをと軒下に入ったんだ、
そしたらやっていたね。八ちっん対女ふたり、がぜん女性軍が優勢でね、それ
はいつものことだが、八ちゃんの言訳が気に入らない、え、雨に濡れたのは隠
居のせいだとかなんとか言っていたね。
八:待てまて、昨日は俺が取りこんだあとかかあと娘が飛び込んできたんだ。
それでね、俺がもう一足早ければこんなに濡れなかったのに、と言うから隠居
の話を聞いていたんだ、と言っただけさ。あの時、俺は隠居の前に座っていた
だろう、源さんはお茶ばかり飲んでいた熊さんは菓子ばかり見ていた、俺は隠
居の口元見ていたんだ、いつ入れ歯が飛び出すんではないかと気になってね。
だから、隠居の後ろの窓から雲行きが怪しくなってきたのも見えたね、お前さん
達より一足早く飛び出せたんだ。
熊:分ったわかった。お互い奥様には頭が上がらない身分だ、人の傷見てわ
が身の痛さを知れ、ていうことよ。ところで今日は敬老の日だ、たまには隠居
さんを喜ばせてやろうじゃないか、え、何か贈ろうか、何がいい。
源:傘はどうだい、今度雨の時役に立つぜ。借りておいてそのまま返さなけ
りゃいい。
熊:俺の借りた傘も広げて見たら「ホテル何とか」と赤いデッカイ字で書いて
あった、まぁ、あの雨だから誰も見る奴はいなかったが、家で女房からホテル
から宣伝料をもらったら、と言われた。 傘の贈り物は嫌味になるなー。
八:隠居は歯は駄目だし耳もいかれてきているが、目だけはまだみえるよう
だ、新聞なんかもメガネなしで読んでるぜ、新聞を一日分贈ってやるか。
源:バカ、駅で拾ってきたな、と思われるだけだ、本なかんどうだい。
八:今でも山ほどあるぜ、あそこのばーさんは地震がきたら本の下敷きに
なって死ぬ、じーさんは本望だろうがわしゃ嫌だよ、と言ってるよ。
源:あれだけあれば一冊二冊増えたからといって変わりないだろう。それに
ただでもらった本なら読むんじゃないかい。俺がね、嫁さんをもらった時、持
参金なんか無い、ただでもらったんだと言ったら、タダほど高いものはない、
ってほめてくれたからね。
熊:それはおめでとうございますだ。それじゃ、タダ本にしょう。隠居より歳上
の人が書いたものなどいいだろう。
八:それじゃ、あの日野原さんとかいうお医者さん、死んじゃたけど映画監督
の新藤さんとか、100歳クラスの人のものかい。
源:駄目だねー、男の書いたものはあの隠居、敵愾心を燃やすからね。女の
人の書いたものだね。昨日の赤旗に紹介されていた本なんかどうだい。
熊:源さんも写真のあるところは読んでるんだね。「97・94・91歳 生き生き一
人暮らし」っていうところだね。97歳笹本恒子さん、94歳吉沢久子さん、91歳清
川妙さん、丁度三冊紹介だから一人一冊つづでいい。
てな、ことになりまして祝い言葉を添える段になり誰も字は書きたくないと。
パソコンで打ち出しました添え書き。
隠居:うれしいね、あの三人、うちの長屋に来てから少しはまともになってきた感
じだね。なにか書いてあるね、添え書きだね、なになに。
「軽老の日 おめでとうございます」