長次郎の樂茶碗について書いたら、いづつやさんのブログで拝見した現代の樂家当主の茶碗を観たくなってしまった。ということで、土曜日、菊池寛実記念智美術館で「樂吉左衛門1999秋-2005春創作展」を観た。
http://www.musee-tomo.or.jp/
初代樂長次郎から数えて15代目の樂吉左衛門の創作茶碗は私の知っている樂茶碗ではなかった。美術ド素人が独断と偏見で言わせてもらえば、それは茶碗の形をした彩色彫刻あるいはオブジェである。だが、決して否定しているのではない。創作された作品は現代的な造形と抽象的な色彩により現代アートとして際立った存在感を示しているのだ。ただ、これは私の好きな「樂茶碗」ではない。長次郎の茶碗はお茶を飲むに相応しい造形と色を追求した究極の用の美だ。15代の茶碗は用の美を越えた陶芸アートとして飾るに相応しい美である。と、美術ド素人は勝手に思ったのであった(^^;;;
15代は東京芸大で彫刻を学び、イタリアへ2年間の留学をしている。多分彫刻的な立体造形と色彩・デザインをここで吸収したのではないかと思う。ここに展示されている黒樂焼貫茶碗による確信犯的な試みは、会場で購入した著書『樂ってなんだろう』で本人が語るように、「歴代が踏みとどまり、覚入が堅持した樂茶碗の伝統様式を、片方の足で踏み越えた」ものである。彼は長次郎の樂の伝統を自ら侵犯し、現代アートの世界へ踏み出したのだ。
ところで、入り口側、オープニングを飾るかのように展示されていたのは黒樂焼貫茶碗《紅雨》だった。樂らしい削りの妙が生きている造形だが、景色は高熱で焼かれた黒と紅が錯綜するかのように縦に走っている。《紅雨》は黒い樹林に紅雨が降ると見立てたようだ。茶碗には李賀の詩「将進酒」の後段が添えてあった。
況是青春日将暮 況や是れ青春 日まさに暮れなんと
桃花乱落如紅雨 桃花は乱れ落ちて紅雨のごとし
勧君終日酩酊酔 君に勧む 終日酩酊して酔え
酒不到劉伶墳上土 劉伶の墳上の土に酒は至らず
実は李賀好きの花耀亭なので、ここで少し暴走させてもらう(^^;;
中唐の詩人李賀(791~817)は鬼才である。いや、「鬼才」と言う言葉は彼の為にできた。中国においては他の文学者を指すことはない。若年にしてその詩才を韓愈に認められるも、名前(いみな)を理由に官吏登用試験受験を拒まれ「二十にして心巳に朽ちたり」(《贈陳商》)状態になる。そして、鬱積した青春真っ只中、病弱な李賀は27歳の若さで鬼籍に入る。
そのためと言えるのか、漢詩には珍しく内面的に暗く幻想的な詩が多い。鬼気迫る神秘的な雰囲気から「鬼才」と称されたようだ(「南部新書」)。また、律詩が少なく感情の趣くまま変拍子の多い(ZEPPみたい?)ロック的な詩を作っている。《苦昼短》の有名な「飛光飛光….」なんてまるっきりロックだと思う(^^;;;。(ああ、暴走し過ぎをお許しあれ)
多分15代樂吉左衛門も鬼才の陶芸アーティストなのだと思う。李賀のように、茶碗という造形の中に奔放で色彩感に満ちた時空を超えた美を創造しようとしているのだろう。長次茶碗好きの私としては、15代が「指針となるべきもの、それは長次郎茶碗」と語る言葉に期待したい。
http://www.musee-tomo.or.jp/
初代樂長次郎から数えて15代目の樂吉左衛門の創作茶碗は私の知っている樂茶碗ではなかった。美術ド素人が独断と偏見で言わせてもらえば、それは茶碗の形をした彩色彫刻あるいはオブジェである。だが、決して否定しているのではない。創作された作品は現代的な造形と抽象的な色彩により現代アートとして際立った存在感を示しているのだ。ただ、これは私の好きな「樂茶碗」ではない。長次郎の茶碗はお茶を飲むに相応しい造形と色を追求した究極の用の美だ。15代の茶碗は用の美を越えた陶芸アートとして飾るに相応しい美である。と、美術ド素人は勝手に思ったのであった(^^;;;
15代は東京芸大で彫刻を学び、イタリアへ2年間の留学をしている。多分彫刻的な立体造形と色彩・デザインをここで吸収したのではないかと思う。ここに展示されている黒樂焼貫茶碗による確信犯的な試みは、会場で購入した著書『樂ってなんだろう』で本人が語るように、「歴代が踏みとどまり、覚入が堅持した樂茶碗の伝統様式を、片方の足で踏み越えた」ものである。彼は長次郎の樂の伝統を自ら侵犯し、現代アートの世界へ踏み出したのだ。
ところで、入り口側、オープニングを飾るかのように展示されていたのは黒樂焼貫茶碗《紅雨》だった。樂らしい削りの妙が生きている造形だが、景色は高熱で焼かれた黒と紅が錯綜するかのように縦に走っている。《紅雨》は黒い樹林に紅雨が降ると見立てたようだ。茶碗には李賀の詩「将進酒」の後段が添えてあった。
況是青春日将暮 況や是れ青春 日まさに暮れなんと
桃花乱落如紅雨 桃花は乱れ落ちて紅雨のごとし
勧君終日酩酊酔 君に勧む 終日酩酊して酔え
酒不到劉伶墳上土 劉伶の墳上の土に酒は至らず
実は李賀好きの花耀亭なので、ここで少し暴走させてもらう(^^;;
中唐の詩人李賀(791~817)は鬼才である。いや、「鬼才」と言う言葉は彼の為にできた。中国においては他の文学者を指すことはない。若年にしてその詩才を韓愈に認められるも、名前(いみな)を理由に官吏登用試験受験を拒まれ「二十にして心巳に朽ちたり」(《贈陳商》)状態になる。そして、鬱積した青春真っ只中、病弱な李賀は27歳の若さで鬼籍に入る。
そのためと言えるのか、漢詩には珍しく内面的に暗く幻想的な詩が多い。鬼気迫る神秘的な雰囲気から「鬼才」と称されたようだ(「南部新書」)。また、律詩が少なく感情の趣くまま変拍子の多い(ZEPPみたい?)ロック的な詩を作っている。《苦昼短》の有名な「飛光飛光….」なんてまるっきりロックだと思う(^^;;;。(ああ、暴走し過ぎをお許しあれ)
多分15代樂吉左衛門も鬼才の陶芸アーティストなのだと思う。李賀のように、茶碗という造形の中に奔放で色彩感に満ちた時空を超えた美を創造しようとしているのだろう。長次茶碗好きの私としては、15代が「指針となるべきもの、それは長次郎茶碗」と語る言葉に期待したい。
当代の楽茶碗は雑誌の写真でしか見たことがないのですが。それもお茶碗に詳しくない頃(って今もさっぱり詳しくないですが)に見たのですが。
それまで知っていた楽茶碗と違う空気をまとっていて驚いた記憶があります。ずいぶん、変遷していくものなんだなと。変遷?変化?進化?どの言葉がしっくりくるのか、私もよく分かりません(汗)。もう少し年を取ったら、また違う茶碗を作られるようになるのかも知れませんね。
ところで、和菓子を美味しく食べたい、という気持ちから茶道を始めた私は、お茶碗は飲みやすいのが一番だ、という感覚ですが、ときどき美術館で観る大ぶりな茶碗を見るたびに、どんなに大きい手で扱っていたんだろうと思ってしまいます。昔の日本人だからそれほど大きい手ではないと思うのですが。
実際に茶道を勉強されているツマさんの「お茶碗は飲みやすいのが一番」というお言葉には、なるほど!の説得力がありますね。長次郎茶碗の寸法は平均して、高さ8.5cm×口径11.0cm位なので、ちょうど手に取りやすい大きさのような気がしますが、実際ツマさんが飲まれるお茶碗と較べていかがですか?
で、当代の茶碗はツマさんも感じられたように初代長次郎の茶碗と随分ちがった趣でした。当代がどこに向かっているのかはわかりませんが、その変遷を見つづけて行きたいような気がした創作展でした。本当に茶碗の世界って奥深いですねぇ(溜息)
ところで、ツマさんの茶道入門が和菓子にあり、というのが、とっても合点でした(^^)
李賀という人の漢詩がロックのようだということ、おもしろいです。私には、樂さんの茶碗とあの漢詩のつながりがわかっていませんでした。花耀亭さんのブログで勉強になりました。ありがとうございます。
あの...李賀の漢詩については、あくまでも私説なので、笑って読んでやってくださいませ(汗)
私は茶道やお茶碗についても全くの素人なのですが、滴り落ちる紅を桃の花が乱れ落ちる「紅雨」に見立てるなんて、やはり茶碗って面白いですね。
郁さんは茶道をなさるようで、これからもブログで勉強させていただきたく、よろしくお願いいたします。