今回はこのぶっかけのようにごちゃまぜです。

原村 香草庵のお蕎麦・・ぶっかけ
スマホで撮った写真があったので、載せておきます。
まだまだ諏訪2日目の昼食までなかなかたどり着けそうもないので。
自分のしか撮らなくて他の人のも撮っておけばよかった。

今日はオフのSと新宿御苑を散歩してから
一人で根津まで行って来ました。

子福桜と

十月桜と


秋の始まりの輝きと

香りの少ない優雅な菊
そのあとの根津の「柳の庭」に、前回の芸工展の時、行きにしか寄れなかったので
改めて苔玉かミニの盆栽を探しに行きました。


柳の庭のギャラリーでトンボ玉の作品展の最終日にも間に合い、近くのりんごやさんでは
絵本の原画展を絵本の女の子のような作者がやっていました。
最近は欧米からの旅行客もうろうろする谷根千です。
柳の庭ではウォーターコインまたはウォーターマッシュルームとか言われる苔玉を
買って帰ってきました。家の中に欲しい小さな緑です。とうとう主人の育てていた
スパティフラムがだめになってしまいました。
柳の庭の女主人のお話では先日キャノンがカメラのCM撮りに来たとのこと。
12月に新発売されるカメラなので、何も教えてくれなかったとのことでした。
どんなカメラかしらね。小さなカメラだったと話されていました。

今朝は苦しい夢で目が覚めてしまいました。
船から陸に上がろうとして足が届かなくて開いたまんまのところで
目が覚めました。それが傑作でなぜか空港に向かうリムジンバスを待っていたところ
トイレに行きたくなって、向かいに停泊している船に乗ったら
船が出発してしまって、それもなにか空港に向かう水上バスなのよね。
途中で下してもらってタクシーで行かないと飛行機に間に合わないと
船長さんに掛け合ったらそれが外人で英語交じりで大変だったの。
やっと途中でおろしてもらえそうで、船長さんが先に飛び降り、私はやっと足がかかるくらいで
足が開いたところで目が覚めました。すごく寝坊していました。夢の中だったけど
全日空と言おうとしてAUだったかなとか、結構怪しい感じでした。夢って気が付いていたのかな??
昨日のクラス会は着物を着るだけで大変だったかなと、気が付かないところで
疲れていたのだと思いました。立食にもかかわらず、かなりバクバク食べてワインも結構飲みましたが、
立食だと食べる量も知れています。着物を汚さないようにと気も使いました。
着物は変わり市松の塩沢紬かリサイクルで幅も出してくれた大島紬が最終に残りました。
今一番のお気に入りの牛首紬はもっと落ち着いた席でと思い、取り下げて、結局気分で選んで
大島にしました。偶然鎌倉のギャラリーで知った主人のルーツの今治の呉服屋さんのものです。

最初に決めていたのは一番好きな牛首紬でした。

最終的に選んだのは楽な大島といつもの帯。だいたい何にでもあってくれます。
からし色の帯揚げはぬれがき染めというのをやって自分で染めたものです。仕上げは京都でしてもらいました。
今度新宿区で企画した手描き友禅に申し込んだけど抽選で返事が来ないのできっと駄目だったのでしょうね。
半襟に描くのだったけど・・

終わって帰ったらしばらくしてSが帰ってきたので、写真を撮ってもらいました。
またしても半襟が見えていません。
着ているうちにどんどん見えなくなってくるのです。
最終的に思ったのはコーリンベルトが上すぎるのときつくて引っ張られるのではないかと・・
今度はそこの点を気を気を付けてゆったり着れるようになりたいと思いました。




クラス会では先生がお元気で大きな病気をされたのですが、15歳の年の差というのは今では同じですね。
受付にいて何人も先生が来たと思った人がいました。先生のお話では自分の足でどこにでも行けることに
感謝しているとのことで、ずっとしていた塾の仕事も今では現場ではなく、子供のために問題を作っていると
おっしゃっていました。
女性はほとんど変わらないのですが、男性は頭が変わるせいか見た目年齢差を感じてしまいます。
なかにはいいのかわるいのかわからないのですが、いまだにイヤミでなくジーンズが似合うI君とか
驚きです。彼は今週4回で仕事に行っているとのことで週3回では仕事ができないと話していました。
95歳まで放電して生きるということでまだ厚生年金を支払い続けているみたいです。保育園に預けられているように
仕事に行っているというのですが、そういうのもまたいいですね。和服はお母さんに半襟をつけてもらえないので面倒と話していて
彼でも和服着ようと思っているのだと驚きました。前回は健康診断を1回も受けたことがないと話していて
おかしな人です。
H君は奥様がガイドヘルパーをやりだしたと話してくれました。最初は朗読をやっていたそうです。
最後に少しだけ静岡からきてくれたH君と話しました。以前から精神障がい者のお兄さんの面倒を見て
半分は岐阜で過ごしていると話していたので。そんな中で自転車で琵琶湖一周したり、たまに会う奥様は
新鮮だと話していました。
以前はIT関連の会社をやっていたF君が今はイスラエルワインの輸入業者になっていて面白かった。
2本プレゼントしてくれてじゃんけんでもらえたのだけど最初のは最終戦で負けて残念。結構真剣だったのだけど
最後に集中が途切れて病院勤務を終了して小児科医院を開業しているJ君に負けました。
この年になるとクラス会で出てくるのは病気の話しと孫の話しだったのですが、孫もだんだん大きくなって
相手にされなくなり始めた年代の人が多かったですね。伊豆から来てくれたA君は本当に久しぶりでした。
奥様が脳梗塞でつい最近倒れて視覚だけに出て視野が狭くなって不自由になったと話していました。
I君も血管の手術を何回かして落ち着いたと話していました。某電気会社の最後は副社長までなったということですが
全く昔と変わりません。年金機構のO君は相変わらずおかしいし・・ U君の雰囲気はまったく変わらす
K君は永遠のお茶目です。Y君も変わらず 本当にみんな違ってみんないいの典型みたいなクラス。
司会をやってくれたI君も支配人みたいでした。S君は地域の理工系の発展のために若い世代のため
まだ大学に残って仕事をしているとか、Y君は学生時代同じマンションに住んでいたけど
毎月お母さんの様子を見に地方から来ている心やさしい人です。S君わかりにくい話し方が
昔のままだった。H坊はヘアスタイルも学生時代と変わらず、まだ仕事をされているとかで高校時代
そのままでした。お話すればみなさん大きな苦労を乗り越えてきているのだろうし、今も家族の問題とか
いろいろあっても会えば変わらないものが伝わってきます。
自然発生的な二次会で前にいたK君がT高校で本当に良かったと話していました。N-Tコースなんて行ったら
面白みがない人生送っていたかもとか・・ 高校の時ワンゲルで海外赴任がほとんどの商社時代でしたが、
海外でも自然を楽しんでいたみたいで、東京でも見れる花を以前教えてもらったことがありました。
石油会社勤務だったH君とはエネルギーのことを話して多様なエネルギー時代、原発いらないは当然。
そういえば太陽エネルギーのソーラーを退職後やっていたE君は家庭菜園の話しばかりでどうなったかしら?
女性は7人しかいなかったのですが、とにかく若々しくて生き生きしています。
モダンダンスを続けているSさん、体操のインストラクターをしているYさん、アパレルを退職後時々手伝って
いるWさん、教師を辞めた後もその関係で何かやっているEさん。彼女の場合は最初の教え子との差が6歳とか・・
まだ数学を教えているのかしらと思ったMさん。姑の世話で大変そうだった前回。和服がすっかり板についたOさん。
みんな何かやっぱり今までやってきたことの延長線上にいるのね。
私は明日ガイドヘルパーの介護事務所に話を聞きに行ってこようかと。講習会の最終日に面接に残ってしまったのが
縁というかタイミングというか・・ ハローワークだと面接できるのがこの年だと20パーセントとシニア人材センターの方が
あとから話していました。
他にもどうなるかわかりませんがOさんに紹介いただいた大学の産学官連携センターに登録できるかもしれません。
やっぱりまだ半分仕事、半分趣味で行きたくなった私です。経済的にも少し助かるし。
ガイドヘルパーの講習会はとても刺激になりました。
どちらにしても登録はできたとしても、仕事はそんなにないかもしれません。

原村 香草庵のお蕎麦・・ぶっかけ
スマホで撮った写真があったので、載せておきます。
まだまだ諏訪2日目の昼食までなかなかたどり着けそうもないので。
自分のしか撮らなくて他の人のも撮っておけばよかった。





今日はオフのSと新宿御苑を散歩してから
一人で根津まで行って来ました。

子福桜と

十月桜と


秋の始まりの輝きと

香りの少ない優雅な菊
そのあとの根津の「柳の庭」に、前回の芸工展の時、行きにしか寄れなかったので
改めて苔玉かミニの盆栽を探しに行きました。


柳の庭のギャラリーでトンボ玉の作品展の最終日にも間に合い、近くのりんごやさんでは
絵本の原画展を絵本の女の子のような作者がやっていました。
最近は欧米からの旅行客もうろうろする谷根千です。
柳の庭ではウォーターコインまたはウォーターマッシュルームとか言われる苔玉を
買って帰ってきました。家の中に欲しい小さな緑です。とうとう主人の育てていた
スパティフラムがだめになってしまいました。
柳の庭の女主人のお話では先日キャノンがカメラのCM撮りに来たとのこと。
12月に新発売されるカメラなので、何も教えてくれなかったとのことでした。
どんなカメラかしらね。小さなカメラだったと話されていました。





今朝は苦しい夢で目が覚めてしまいました。
船から陸に上がろうとして足が届かなくて開いたまんまのところで
目が覚めました。それが傑作でなぜか空港に向かうリムジンバスを待っていたところ
トイレに行きたくなって、向かいに停泊している船に乗ったら
船が出発してしまって、それもなにか空港に向かう水上バスなのよね。
途中で下してもらってタクシーで行かないと飛行機に間に合わないと
船長さんに掛け合ったらそれが外人で英語交じりで大変だったの。
やっと途中でおろしてもらえそうで、船長さんが先に飛び降り、私はやっと足がかかるくらいで
足が開いたところで目が覚めました。すごく寝坊していました。夢の中だったけど
全日空と言おうとしてAUだったかなとか、結構怪しい感じでした。夢って気が付いていたのかな??
昨日のクラス会は着物を着るだけで大変だったかなと、気が付かないところで
疲れていたのだと思いました。立食にもかかわらず、かなりバクバク食べてワインも結構飲みましたが、
立食だと食べる量も知れています。着物を汚さないようにと気も使いました。
着物は変わり市松の塩沢紬かリサイクルで幅も出してくれた大島紬が最終に残りました。
今一番のお気に入りの牛首紬はもっと落ち着いた席でと思い、取り下げて、結局気分で選んで
大島にしました。偶然鎌倉のギャラリーで知った主人のルーツの今治の呉服屋さんのものです。

最初に決めていたのは一番好きな牛首紬でした。

最終的に選んだのは楽な大島といつもの帯。だいたい何にでもあってくれます。
からし色の帯揚げはぬれがき染めというのをやって自分で染めたものです。仕上げは京都でしてもらいました。
今度新宿区で企画した手描き友禅に申し込んだけど抽選で返事が来ないのできっと駄目だったのでしょうね。
半襟に描くのだったけど・・

終わって帰ったらしばらくしてSが帰ってきたので、写真を撮ってもらいました。
またしても半襟が見えていません。
着ているうちにどんどん見えなくなってくるのです。
最終的に思ったのはコーリンベルトが上すぎるのときつくて引っ張られるのではないかと・・
今度はそこの点を気を気を付けてゆったり着れるようになりたいと思いました。




クラス会では先生がお元気で大きな病気をされたのですが、15歳の年の差というのは今では同じですね。
受付にいて何人も先生が来たと思った人がいました。先生のお話では自分の足でどこにでも行けることに
感謝しているとのことで、ずっとしていた塾の仕事も今では現場ではなく、子供のために問題を作っていると
おっしゃっていました。
女性はほとんど変わらないのですが、男性は頭が変わるせいか見た目年齢差を感じてしまいます。
なかにはいいのかわるいのかわからないのですが、いまだにイヤミでなくジーンズが似合うI君とか
驚きです。彼は今週4回で仕事に行っているとのことで週3回では仕事ができないと話していました。
95歳まで放電して生きるということでまだ厚生年金を支払い続けているみたいです。保育園に預けられているように
仕事に行っているというのですが、そういうのもまたいいですね。和服はお母さんに半襟をつけてもらえないので面倒と話していて
彼でも和服着ようと思っているのだと驚きました。前回は健康診断を1回も受けたことがないと話していて
おかしな人です。
H君は奥様がガイドヘルパーをやりだしたと話してくれました。最初は朗読をやっていたそうです。
最後に少しだけ静岡からきてくれたH君と話しました。以前から精神障がい者のお兄さんの面倒を見て
半分は岐阜で過ごしていると話していたので。そんな中で自転車で琵琶湖一周したり、たまに会う奥様は
新鮮だと話していました。
以前はIT関連の会社をやっていたF君が今はイスラエルワインの輸入業者になっていて面白かった。
2本プレゼントしてくれてじゃんけんでもらえたのだけど最初のは最終戦で負けて残念。結構真剣だったのだけど
最後に集中が途切れて病院勤務を終了して小児科医院を開業しているJ君に負けました。
この年になるとクラス会で出てくるのは病気の話しと孫の話しだったのですが、孫もだんだん大きくなって
相手にされなくなり始めた年代の人が多かったですね。伊豆から来てくれたA君は本当に久しぶりでした。
奥様が脳梗塞でつい最近倒れて視覚だけに出て視野が狭くなって不自由になったと話していました。
I君も血管の手術を何回かして落ち着いたと話していました。某電気会社の最後は副社長までなったということですが
全く昔と変わりません。年金機構のO君は相変わらずおかしいし・・ U君の雰囲気はまったく変わらす
K君は永遠のお茶目です。Y君も変わらず 本当にみんな違ってみんないいの典型みたいなクラス。
司会をやってくれたI君も支配人みたいでした。S君は地域の理工系の発展のために若い世代のため
まだ大学に残って仕事をしているとか、Y君は学生時代同じマンションに住んでいたけど
毎月お母さんの様子を見に地方から来ている心やさしい人です。S君わかりにくい話し方が
昔のままだった。H坊はヘアスタイルも学生時代と変わらず、まだ仕事をされているとかで高校時代
そのままでした。お話すればみなさん大きな苦労を乗り越えてきているのだろうし、今も家族の問題とか
いろいろあっても会えば変わらないものが伝わってきます。
自然発生的な二次会で前にいたK君がT高校で本当に良かったと話していました。N-Tコースなんて行ったら
面白みがない人生送っていたかもとか・・ 高校の時ワンゲルで海外赴任がほとんどの商社時代でしたが、
海外でも自然を楽しんでいたみたいで、東京でも見れる花を以前教えてもらったことがありました。
石油会社勤務だったH君とはエネルギーのことを話して多様なエネルギー時代、原発いらないは当然。
そういえば太陽エネルギーのソーラーを退職後やっていたE君は家庭菜園の話しばかりでどうなったかしら?
女性は7人しかいなかったのですが、とにかく若々しくて生き生きしています。
モダンダンスを続けているSさん、体操のインストラクターをしているYさん、アパレルを退職後時々手伝って
いるWさん、教師を辞めた後もその関係で何かやっているEさん。彼女の場合は最初の教え子との差が6歳とか・・
まだ数学を教えているのかしらと思ったMさん。姑の世話で大変そうだった前回。和服がすっかり板についたOさん。
みんな何かやっぱり今までやってきたことの延長線上にいるのね。
私は明日ガイドヘルパーの介護事務所に話を聞きに行ってこようかと。講習会の最終日に面接に残ってしまったのが
縁というかタイミングというか・・ ハローワークだと面接できるのがこの年だと20パーセントとシニア人材センターの方が
あとから話していました。
他にもどうなるかわかりませんがOさんに紹介いただいた大学の産学官連携センターに登録できるかもしれません。
やっぱりまだ半分仕事、半分趣味で行きたくなった私です。経済的にも少し助かるし。
ガイドヘルパーの講習会はとても刺激になりました。
どちらにしても登録はできたとしても、仕事はそんなにないかもしれません。