碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【書評した本】 小林信彦『決定版 日本の喜劇人』

2021年06月25日 | 書評した本たち

 

進化と熟成が止まらない 

著者80年の「喜劇人の記憶」

 

小林信彦『決定版 日本の喜劇人』

新潮社 3960円

 

途轍もない本が出た。何しろ、ここまでに半世紀の時間がかかっているのだ。雑誌「新劇」で、本書のベースとなる連載が始まったのは1971年。翌年に『日本の喜劇人』(晶文社)として出版された。古川緑波にはじまり、榎本健一、森繁久彌、藤山寛美など、著者が「自分の眼で見た」喜劇人たちが並んでいる。  

彼らの笑いの何が新しく、どんな意味や価値を生み出し、それが現在とどう繋がっているのかが明確に記されていた。しかも喜劇人への愛情や敬意と共に、著者の冷静かつ透徹した眼差しがそこにある。貴重な証言であり、評論であり、同時代批評であり、すこぶる〈おかしい〉読み物でもあった。

驚くのはその後だ。77年に『定本 日本の喜劇人』(同)が出る。前作にはなかった「日本の喜劇人・再説」と「ヴォードヴィル的喜劇人の終焉」の2章が加えられた。また5年後の82年には、「高度成長の影」という終章を持つ『日本の喜劇人』が新潮文庫として登場する。  

しかし、この本の進化と熟成は止まらない。2008年、箱入りの全2冊で定価9500円という大著『定本 日本の喜劇人』(新潮社)が出現したのだ。ここでは「日本の喜劇人2」というブロックを設け、植木等、藤山寛美、伊東四朗の3人に言及している。また、すでに単行本化されていた渥美清や横山やすしについての文章も読める豪華版だった。  

13年を経た今回、「決定版」の名を冠したのが本書である。これまでの終章は、最終章「高度成長のあと」として書き換えられた。タモリ、ビートたけし、志村けん、さらに大泉洋にまで目を向けており、過去と現在を広く見通すことが出来る。  

ものの良し悪し、本物とは何なのか。著者の過去80年におよぶ「喜劇人の記憶」が共有され、次代へと継承されていく。〈笑い〉を創る人、伝える人、そして楽しむ人。それぞれにとってバイブルとなる一冊だ。

(週刊新潮 2021年6月17日号)