人間の感情は「裏取り」ができない
本郷和人『歴史学者という病』
講談社現代新書 990円
NHK大河ドラマを欠かさず見るとか、司馬遼太郎を愛読しているとか、世間には歴史好きを自任する人が少なくない。
いわば歴史を「物語」として堪能しているわけだが、本郷和人『歴史学者という病』によれば、歴史学という学問はそれではいけないらしい。
1960年生まれの本郷は東京大学史料編纂所教授。専門は中世政治史だ。本書では歴史学とは何か、歴史学者とは何かを率直に語っている。
歴史学で大事なのは「ロマンや感情による歴史事象の解釈ではなく、ひたすらに科学的な実証をもって成す」姿勢だ。
歴史上の人物の内面を推量するのは作家や文学研究者の仕事。歴史学者は起こした行動のみに注目する。それを積み重ねることで、自ずと人物への理解が深まると言う。
たとえば源頼朝は冷酷かと問われたら、「なぜ弟の義経を討ったのか」「なぜ義経は失敗してしまったのか」という視点で考える。
また北条政子の人間像も、「政治的に、主体的に動ける」という行動パターンから探っていく。
確かに、人間の感情は「裏取り」ができない。事実に裏打ちされていないものを否定するのが学問であり、決して自分の好みに引き寄せてはならない。感情(物語)と行動(歴史学)の切り分けが実に禁欲的だ。
そんな本郷の思索には三つの柱がある。「一つの国家としての日本」への疑問。「実証」への疑念。そして「唯物史観」を超えていくことだ。歴史学者という病は終わりそうにない。
(週刊新潮 2022年10月13日号)