「ゆりあ先生の赤い糸」
家族のあり方を問う
今期一番の問題作
思えば、とんでもない設定のドラマだ。「ゆりあ先生の赤い糸」(テレビ朝日系)である。
伊沢ゆりあ(菅野美穂)は刺繍教室を営む主婦。売れない小説家の夫・吾良(田中哲司)が突然、ホテルで倒れる。くも膜下出血だった。一緒にいたのは夫の“愛人”だという青年、稟久(鈴鹿央士)だ。
昏睡状態の吾良を自宅に引き取ったが、認知症の義母(三田佳子)の世話もあり、ゆりあは稟久に介護の応援を求める。
しかも、そこに現れたのが娘2人を抱えた、みちる(松岡茉優)だ。DV夫から逃げるみちるは、吾良の“彼女”だった。
そんな複雑な関係の面々が、“疑似家族”として一つ屋根の下で暮らしている。この異常事態を成立させているのは、何でも受けとめてしまう、ゆりあの「男前なおっさん」的性格だ。
しかし、ゆりあが年下の便利屋・優弥を好きになったこと、そして吾良の意識が戻ったことで、物語は急展開を迎えている。奇跡的に保たれていた疑似家族のバランスが大きく揺らぎ始めたのだ。
原作は入江喜和の同名漫画。脚本は草彅剛主演「僕の生きる道」の僕シリーズ3部作(フジテレビ系)などの橋部敦子である。
一見奇抜な設定の中に介護、不倫、嫁姑、性的少数者、DVなど現代社会の課題を織り込みながら、夫婦や家族の「形」や「あり方」を探る、今期の問題作だ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2023.12.06)
戦前の「エンタメ黄金時代」にも
人々を魅了したブギの女王
佐藤利明『笠置シズ子 ブギウギ伝説』
興陽館 1540円
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公には二つのタイプがある。一つは架空の人物で、もう一つが実在の人物をモデルにしたものだ。最近はなぜか後者が続いている。前作の『らんまん』は植物学者の牧野富太郎だったし、現在放送中の『ブギウギ』は歌手の笠置シヅ子だ。
笠置が生まれたのは一九一四(大正三)年。十三歳で現在のOSK(日本歌劇団)の前身、松竹楽劇部に入団する。やがて作曲家の服部良一とのコンビで多くのヒット曲を生み出し、戦後は『東京ブギウギ』などで「ブギの女王」と呼ばれた。
こうした実録系朝ドラの場合、書店にはモデルとなった人物に関する書籍が数多く並ぶ。この評伝もその一冊だが、著者は『ブギウギ伝説 笠置シヅ子の世界』をCD化した「オトナの歌謡曲プロデューサー」であり、『石原裕次郎 昭和太陽伝』などを書いてきた「娯楽映画研究家」だ。音楽と映画を軸とした「昭和のエンタテインメント史」の流れの中で、笠置がどのような存在だったのかを知ることが出来る。
また本書で驚かされるのは、戦前・戦中の雰囲気だ。軍国主義の台頭もあって、つい暗いイメージを持ってしまうが、それは一面的だ。たとえば盧溝橋事件が起きた一九三七(昭和十二)年は、日本のエンタメの「黄金時代」だったと著者は言う。
エノケンこと榎本健一やロッパこと古川緑波、漫才の横山エンタツと花菱アチャコなどの主演映画が続々と製作され、そこには最新のジャズソングやブロードウェイのミュージカル・ナンバーが積極的に取り入れられていた。笠置が頭角を現していくのは、そういう時代だったのだ。
服部が書いて笠置が歌う「ブギウギ」は、それ以前の情緒的な流行歌ではなかった。情緒よりも衝動。圧倒的なリズムの楽しさがあった。二人の天才が創造した「元祖・リズム歌謡」は、今も聴く者の心をズキズキ、ワクワクさせてくれる。
<Media NOW!>
今年放送のテレビドラマ
強い印象残した4作品
12月に入った。今年放送されたドラマを振り返り、強く印象に残った作品を挙げたい。
1本目は「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系、1~3月放送)。市役所勤務の近藤麻美(安藤サクラ)は突然の交通事故で死亡する。
気づくと奇妙な空間にいて、案内人の男(バカリズム)から「来世ではオオアリクイ」だと告げられる。抵抗した麻美は「今世をやり直す」ことを選択した。
人生に修正を施すため、善行に励む麻美。しかも、このやり直しが何度も続くのだ。脚本はバカリズムのオリジナル。ユーモラスでリアルなセリフが心地よかった。
次は「波よ聞いてくれ」(テレビ朝日系、4~6月)だ。金髪ヤンキー系女子のミナレ(小芝風花)は、地元ラジオ局の麻藤(北村一輝)にスカウトされ、深夜番組のラジオパーソナリティーになる。
地震で大停電が発生するが、「おまえがいつものように、『一人じゃない、大丈夫』って声を届けることに意味がある」と麻藤。ミナレは闇に沈んだ街に向かって朝までしゃべり続ける。
何よりミナレのキャラクターが際立っていた。彼女のおかげで状況が動くというより、状況自体をぶっ壊すヒロインを小芝が全力で演じた。
3本目は日曜劇場「VIVANT」(TBS系、7~9月)。長期モンゴルロケを含む壮大なスケール感。自衛隊の秘密部隊「別班」という設定も秀逸だった。
そして起伏に富んだストーリーがある。映画「ミッション:インポッシブル」などを思わせる、ジェットコースター型の冒険スパイアクションだ。
原作は、演出を務めた福澤克雄のオリジナル。「半沢直樹」や「下町ロケット」の八津弘幸ら複数の脚本家が参加した。主演の堺雅人など俳優陣の熱演もあり、テレビドラマの地平を広げる野心作となった。
最後は放送中の「コタツがない家」(日本テレビ系)だ。主人公はウエディング会社社長の深堀万里江(小池栄子)。仕事は完璧だが、家庭は問題山積だ。
夫の悠作(吉岡秀隆)は廃業寸前の漫画家。高校生の息子・順基(作間龍斗)はアイドルを目指して挫折。そこに熟年離婚した父、達男(小林薫)が転がり込んできた。
リビングでの笑える会話バトルがこのドラマの魅力だ。筋立てよりも人間描写でドラマをけん引する金子茂樹のオリジナル脚本。俳優たちの軽妙で細やかな演技。両者がガップリ四つに組み、ホームコメディーの快作となった。
来年も作り手の強い意志が感じられる作品を期待したい。
(毎日新聞夕刊 2023年12月2日)
放送40周年
「ふぞろいの林檎たち」
実は2時間スペシャルの続編
「パートV」が計画されていた
サザンオールスターズの「いとしのエリー」を聴くと、ドラマ「ふぞろいの林檎たち」のオープニングが頭に浮かぶという50代以上の人も少なくないのではないか。
初回放送から40年を経て、山田太一氏による幻の未発表シナリオが見つかった。メディア文化評論家の碓井広義氏が、放送されたパートIVまでを振り返りつつ、幻となった続編を読み解く。
1983年5月27日(金)の夜、テレビからサザンオールスターズが歌う「気分しだいで責めないで」が流れてきた。連続ドラマ「ふぞろいの林檎たち」(TBS系)第1話の始まりだった。
いやいや、新宿の高層ビル群をバックに、真っ赤なりんごがスローモーションで投げ上げられる映像に重なる曲は「いとしのエリー」ではないか、と言いたい人は多いはずだ。しかし、「いとしのエリー」が使われたのは第2話からだったのだ。
全10話の物語は7月29日に幕を閉じたが、最終的には97年のパートIVまで制作された。
そして今年の秋、書店に並んだのが、脚本家・山田太一の新刊だ。山田太一:著、頭木弘樹:編集・解説「山田太一未発表シナリオ集~ふぞろいの林檎たちV/男たちの旅路〈オートバイ〉」(国書刊行会)である。
「男たちの旅路」(NHK)も「ふぞろい」と同様、山田の代表作だ。「未発表」ということは、どちらも制作されなかったシナリオということになる。「ふぞろい」に続編計画があったこと、シナリオが完成していたこと、しかも制作されなかったことに驚いた。
このパートVの内容を紹介する前に、それまでの流れを振り返ってみたい。
パートI(83年5~7月)全10話
仲手川良雄(中井貴一)は、「四流」と揶揄される大学の学生だ。ある日、一流大学医学部のパーティーに紛れ込む。しかし、部外者であることが発覚し、「学校どこ?」と冷笑されてしまう。
良雄は同じ大学の友人、岩田健一(時任三郎)と西寺実(柳沢慎吾)と共に「ワンゲル愛好会」を作る。目的は外部の女子大生に接触することだった。
有名女子大の水野陽子(手塚理美)、宮本晴江(石原真理子)、谷本綾子(中島唱子)が加入するが、本当の女子大生は綾子だけ。陽子と晴江は看護学校の学生であることを隠していた。自分たちが女子大生より低く扱われることへの反発だ。
女性経験がないことを気にする良雄は、個室マッサージ店に入る。そこで再会したのが、医学部のパーティーにいた伊吹夏恵(高橋ひとみ)だ。良雄は夏恵の自宅に呼ばれ、彼女が東大卒の本田修一(国広富之)と同棲していることを知る。
やがて就職活動が始まった。それまで「一流」に反発してきた健一だが、自分が一流会社に入れそうになると意識が変わっていく。しかし、その夢もすぐに崩れ去る。
ラーメン屋の息子である実は、綾子がくれる小遣いを目当てにつき合い始める。だが、彼女は裕福な家の娘ではなく、アルバイトで金を工面していた。そのことを知った実は、綾子の良さを認め始める。
良雄の実家は酒店だ。兄の耕一(小林薫)が跡を継いでいたが、妻の幸子(根岸季衣)は病弱で子どもが産めないでいた。母の愛子(佐々木すみ江)は耕一に離婚を促す。苦しんだ幸子は家出するが、耕一は「幸子じゃなきゃ嫌なんだ!」と宣言。その場にいた良雄たちは感動する。
再び就活に挑む「林檎」たち。会社訪問をすれば学歴差別は当たり前で、大学によって控え室も違った。しかし、健一が言う。「胸、張ってろ。問題は、生き方よ」と――。
このドラマが秀逸だったのは、「劣等感を抱いて生きる若者たち」を正面から描いていたことだ。四流大学の男子大学生、看護学校の女子学生、太っていることでモテない女子大生など、いずれも学歴や容貌に不安や不満を感じて苦しむ若者たちだった。
彼らは今でいうところの「負け組」に分類され、浮上することもなかなか許されない。何より、本人たちが自分の価値を見つけられず、自ら卑下している姿が痛々しかった。
放送された80年代前半、世の中はバブルへと向かう好景気にあった。誰もが簡単に豊かになれそうなムードに満ちていた。
しかし、「ふぞろい」な若者たちにとって、欲望は刺激されても現実は決して甘いものではない。その「苦さ」ときちんと向き合ったのが、このドラマだった。
パートII(85年3~6月放送)全13話
パートIの放送から2年後。良雄は運送会社に就職している。健一と実は同じ工作機械メーカーの営業代理店の社員だ。
綾子はまだ学生だが、陽子と晴江は看護師になっていた。修一は夏恵が受注してくるプログラミングの仕事を自宅で行っている。
健一と陽子はつき合っているが、価値観の違いが目立つようになった。良雄と晴江は、まだ恋人関係とはいえない状態だ。そして実と綾子の交際は続いている。
健一に引き抜きの話があり、「二人でもっといいとこへのし上がるんだ」と実を誘うが、「その先に何があるんだ?」と反発される。結局、健一は会社を移り、実は残った。
自分が看護師に向かないと感じていた晴江は、青山のクラブなどの水商売の世界に入っていく。
パートIII(91年1~3月放送)全11話
パートIIから6年後。晴江が自殺未遂を起こし、みんが集まってくる。彼らも20代の終わりになっており、結婚した実と綾子には子供もいる。
健一も結婚したが、相手は陽子ではない。陽子は独身のまま看護師を続けている。修一と夏恵の本田夫妻は妊活中だ。良雄は運送会社という仕事場は変わらないが、実家を出て一人暮らしをしている。
晴江は結婚相手である富豪の門脇(柄本明)の屋敷に軟禁され、離婚も許されない。
良雄は晴江から「愛してる」と言われ、気持ちが揺れる。仲間たちも彼女を救おうとするが、そう簡単にはいかなかった。
実は大学時代に自分をいじめていた佐竹(水上功治)の会社に移るが、彼に利用されたことに気づく。良雄は仕事の失敗もあり、つい実の妻・綾子と関係をもってしまう。
陽子は弘前に新設予定の病院に引き抜かれるが、結局、その病院は開業されなかった。
そして晴江は「一人で働いて、ちゃんと生きてみなくちゃ、あなたの恋人にだってなれやしない」と良雄に言い残し、ひとりで旅立っていく。
パートIV(97年4~7月放送)全13話
前シリーズから再び6年が過ぎて、良雄をはじめとする「林檎」たちは30代半ばとなった。
良雄の兄・耕一は病死しており、愛子と幸子と耕一夫妻の娘・紀子で酒店を営んでいる。ラーメン屋を継いだ実と綾子には子供が2人。本田夫婦にも子供ができた。
離婚して独身の健一は、ライバル会社の相崎江里(洞口依子)から言い寄られている。陽子は余命の長くない患者と恋愛中。晴江は独身のままアメリカに滞在している。
このパートIVでは、山形から東京に出てきた青年、桐生克彦(長瀬智也)を軸とした事件が起き、それに巻き込まれた良雄が行方不明になったりする。
やがて良雄は相崎江里と婚約。良雄の母・愛子は不治の病となり、陽子が働く病院にホスピスの患者として入る。帰国した晴江は、日本で看護師の仕事に就く。
幻の続編「パートV」
パートVがこれまでと違うのは、全10話といった連続ドラマではなく、前篇と後篇になっていることだ。2時間スペシャルが2本だと思えばいい。
シナリオには細かな設定は書かれてはいないが、パートIVから7年後と思われ、「林檎」たちは40代を迎えている。
物語は良雄が参加した「婚活パーティー」で陽子と再会するところから始まる。良雄は独身で、運送会社勤務も以前と同じだ。2人は晴江が仲居の仕事をしている日本料理店に行く。
離婚後、独身のままの健一は、アジアモーターズの営業部に勤務。中古コイルをめぐる会社の「不正問題」に悩んでいる。
実と綾子のラーメン屋は自営からフランチャイズ所属へと変わった。だが、最近の実は「時々会って話すだけ」の広川由紀という女性に夢中だ。
健一の行方がわからなくなる。心配して連絡を取り合う良雄たち。当の健一が現れたのは、晴江のところだった。「私に、なに言ってもらいたい? どういうこと求めてる?」と晴江。それは健一にもはっきりしなかった……。
パートVで際立っているのは、40代の彼らが抱える強い焦燥感だ。
シナリオには良雄が自分の気持ちを独白する言葉が並んでいる。
「毎日あれこれあるが、心をゆさぶられるようなことは少ない」
「このあたりで何かしないと、人生ここ止まりじゃないのか。このままでいいのか」
「もう少し別の人生を求めなくてもいいのか。別の人生、別の幸福」
実もまた、
「それぞれ毎日、することはしなきゃならない、金の心配もしなきゃならない、子供もほっとくわけにいかない」
「体もねえ、そろそろ気をつけなきゃならない、ほんとに、これが生きてるってことか、これで、あとは齢をとる一方か」
それでも健一は、修一に向かってこんなことを言う。
「俺はね、さからいますよ。しゃかりきに働いて来て、このままですますもんか、と思ってますよ」
やがて良雄は、ずっと胸の奥に抑え込んできた義姉・幸子への思いを現実のものにしようと動き出す。抱える事情はそれぞれだが、一人一人が自問自答しながら明日を探しているのだ。
この未発表シナリオが書かれてから約20年が経過している。「林檎」たちは60代に差しかかっているはずだ。
彼らは今という時代を、どんなふうに生きているのだろう。20代、30代、さらに40代の自分と60代の自分には、どんな違いがあるのか。そして、「ふぞろい」であることは彼らの人生にとって何だったのか。
制作されなかったパートVを飛び越しても構わない。令和篇のパートVIを見てみたくなった。
(デイリー新潮 2023.11.29)
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デイリー新潮に寄稿した
この記事がアップされた
11月29日に、
山田太一さんが
亡くなったことが
報じられました。
脚本家・山田太一。
1934年6月6日―2023年11月29日。
享年89。
合掌。
『今日からヒットマン』
相葉雅紀、40歳妻子持ち設定で新境地
愛すべき“おじさん”主人公を好演
嵐・相葉雅紀(40)が主演するテレビ朝日系連続ドラマ『今日からヒットマン』(毎週金曜 後11:15 ※一部地域を除く)。
第1話では、パンツ一丁の姿で体を張った演技が話題となった同作だが、「嵐」が活動休止となり2021年には結婚も発表、今年41歳を迎える相葉にとってこれまでアイドル像を壊し、“おじさん”も売りにした新境地を開拓した作品となったのではないだろうか。
同作は、2005年~2015年まで『週刊漫画ゴラク』(日本文芸社)にて連載された漫画家・むとうひろし氏によるガンアクション漫画をドラマ化。相葉は、ある日突然、伝説の殺し屋の名を継ぐことになる平凡なサラリーマン・稲葉十吉を演じる。
脚本は『ゴッドタン』や『バナナサンド』など人気バラエティー番組の構成作家を務めるオークラ氏が担当し、監督は嵐が出演する映画『ピカ☆★☆ンチ LIFE IS HARD たぶん HAPPY』(ピカンチハーフ)を手掛けた木村ひさし氏が務めることでも注目を集めた同作。
第1話では、敵に捕らえられてパンツ一丁になり、しかもパンツの中に銃を隠し持ちあたかも卑猥(ひわい)なことを連想させる流れで股間の銃をぶっ放し、敵を倒してしまうコメディー色強めの展開に。
メディア文化評論家の碓井広義氏は、「アイドルとしてやってきた相葉さんが、ここまで体を張っていることに非常に驚きましたが、そこに一種の“覚悟”のようなものを感じました」とコメントする。
これまで相葉といえば、嵐のメンバーとしての「バラエティー担当」イメージが強い。役者業についてはこれまでも数多くのドラマに出演してきてはいるが「二宮和也さんや松本潤さんに比べると、まだ一般的な評価が低いのも事実です」と碓井氏は語る。
しかし今回の役柄に関しては、ネットで辛辣(しんらつ)な意見がほとんど見当たらないそうで「『殺し屋とサラリーマンを上手く演じ分けている』、『今までのドラマと比べても特にハマり役だと思う』といった称賛の声が多い」という。
その理由の一つについて同氏は「相葉さんは異次元の“スーパーマン”よりも、等身大の“サラリーマン”のような役のほうが向いている。特に同作のような、いわゆる『巻き込まれ型』ドラマの主人公は相葉さんにピッタリです。これまであまり演じてこなかったのが不思議なくらいで、今回は制作陣の慧眼と言ってもいい」と評価している。
さらに「相葉さん自身が、下手だと言われながらも、演技に磨きをかけてきたという側面もあります」と語り、「『和田家の男たち』(テレビ朝日系)や『ひとりぼっち―人と人をつなぐ愛の物語』(TBS系)では、繊細な表情が好評でした」と地道な努力があったと話す。
2021年の『和田家の男たち』(テレビ朝日系)では、力まない演技とセリフ回しも好評で、段田安則(父親役)や佐々木蔵之介(兄役)ら演技派の俳優たちの力も借りて実力を磨いた。
そして今作は、その『和田家の男たち』以来2年ぶりの連ドラ主演作。原作は青年誌で連載されていた作品で、エロやバイオレンスの要素も強い深夜枠のドラマとなり、相葉にとってもこれまでの経験が試される挑戦的な作品となった。
碓井氏は「『嵐』も活動休止になり、相葉さんも40歳になっています。結婚もして妻子もおり、今までのアイドル像を壊していく必要が出てきました。いわゆる“おじさん”も売りに出来る新境地を開拓していく必要があったのではないでしょうか。そんな覚悟と企画のタイミングが合致した結果、第1話の体当たり演技が生まれたのだと思います」と分析する。
原作との設定の違いも、たしかに等身大の相葉に合わせて練られている。漫画原作では、主人公の稲葉十吉は34歳。妻の美沙子(ドラマでは本仮屋ユイカが演じる)ともまだ新婚で、子どももいない。しかしドラマ版の十吉は相葉と同じく40歳で、息子がいる設定だ。
現実世界の相葉とほぼ同じ設定となっており、同氏は「より多くの視聴者が感情移入し、共感できる主人公像になっています」と、あえて原作よりも年齢を重ねさせることで、今だからこそできる役柄を見事に演じていると話す。
同氏によると、『今日からヒットマン』の面白さは「ひと言で表すなら“ギャップ”。伝説の『ヒットマン』と普通の『サラリーマン』、冷酷な『殺し屋』と明るい『愛妻家』、両者のギャップが大きいからこそ、そこに緊張感が生まれ、同時に笑いが生まれる」のだという。
さらに十吉の部下・山本を演じている深澤辰哉(Snow Man)との共演もいい方向に作用しているといい「深澤さんは、相葉さんと同じ愛されキャラです。二人の掛け合いは、同じ事務所の先輩・後輩という関係性もプラスに作用し、殺し屋というテーマが必要以上に重くならないための、実に有効なコメディー要素となっています」(同氏)
碓井氏に、相葉の今後に同作がどんな影響を与えるのか聞くと「今回、明らかに相葉さんの演技の幅が広がっています。今後は、稲葉十吉のような『巻き込まれ型』の主人公のオファーが増えるのではないでしょうか。また、いつか相葉さんにトライしてみてもらいたい役柄は、『本当の悪』と呼べるような人物。“いい人”の要素がない『非情の男』を、相葉さんが演じるとどうなるのか。ちょっと怖いですが、見てみたいですね」と期待を寄せた。
■碓井広義(ウスイ・ヒロヨシ)プロフィール
1955(昭和30)年、長野県生まれ。メディア文化評論家。2020(令和2)年3月まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。慶應義塾大学法学部政治学科卒。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年、テレビマンユニオンに参加、以後20年間ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に『人間ドキュメント 夏目雅子物語』など。著書に『テレビの教科書』、『ドラマへの遺言』、『倉本聰の言葉――ドラマの中の名言』などがある。
(オリコンニュース 2023.12.01)
読書という「対話」
今年3月3日、作家の大江健三郎が88歳で亡くなった。大学在学中、『飼育』により23歳で史上最年少の芥川賞作家となったのは昭和33年だ。以来、60年以上も文学の最前線に立ち続けてきた。
ETV特集『個人的な大江健三郎』(NHK)が放送されたのは11月11日だ。大江作品やその人生について、様々な分野の8人が語る番組だった。
たとえば歌手のスガシカオは、将来に迷っていた時代に「自分を巨大なエネルギーが通り抜けていった」ような衝撃を受けたとして、『芽むしり仔撃ち』を挙げる。
太平洋戦争末期、集団疎開した感化院の少年たちが、疾病の流行によって山村に閉じ込められる物語だ。社会的に疎外された人間の実相が描かれていた。
また『この世界の片隅に』などの漫画家・こうの史代は、大江の『ヒロシマ・ノート』がなかったら、原爆や広島をテーマにした作品を描かなかったと語る。
「絶望的な状況に陥ったとしても、悲観し続けることでも、楽観視しようと努めることでもなく、冷静に現実を見つめながら、それでも希望を捨てないこと」を大江から学んだ。
そして、特に強い印象を残したのが作家・中村文則の話だ。自分が窒息しそうなほど悩んでいた時期に読んだのが、脳に障がいのある長男をモチーフに大江が書いた小説『個人的な体験』だった。
大江はこの息子と暮らすことで「人々の悪意」に触れ、同時に「他者の善意」にも触れたのではないか。だからこそ、大江の小説は「どんなにしんどい話でも希望が見えた」と中村は言いきる。
この番組に登場した人たちに共通するのは、その「読書」体験が、大江との「対話」体験になっていることだ。読書という対話である。
今年10月に出版された大江の『親密な手紙』にも、恩師の渡辺一夫をはじめ、大岡昇平、林達夫、井上ひさしなど、大江が影響を受けた人物と作品が並んでいる。
大江は彼らの亡き後も読書による「対話」を続けてきた。書物は自分に苦境を乗り越える力を与えてくれる、親密な手紙だったのだ。
優れたドキュメンタリーもまた、見る側にとっての”親密な手紙”になる得るのではないか。そんなことを思わせる、見応えのある1本だった。
(しんぶん赤旗「波動」2023.11.30)