野球部の先輩のお父さまが亡くなられて、今日は野球部のチームメートの方々と葬儀に参列させてもらいました。
コロナウィルス禍の中で、いろいろと配慮が大変だったと思いますが、葬儀の時間が過ぎていきました。

喪主の先輩のあいさつがすごく心に残りました。
お父さまが亡くなられる直前、病院の心配りから、リモートでお別れをしたそうです。
今は、入院してからは、お見舞いに行くことができず、なかなか面会をすることができません。
多くの人たちがそのストレスを抱えていることでしょう。

今回の先輩のお父さまのリモートの中での別れがどのくらい悲しく、せつないものであることでしょう。
「親」のそばにいて送りたいと思う気持ちの中で、リモートの光景を想像すると、胸が熱くなります。
しかし、お互いに姿を見ることができたことは、あとになって後悔がないのかもしれません。

1月は、わたしの父の亡くなった月でもあります。
雪がどんどんと積もった時でした。
息を引き取り、父と帰る道は、雪道となっていました。
それでも父は、父の子どもたち、父のきょうだい、おい、めい、病院の先生方に見送られ、旅立っていきました。
だんだんと手を握ってくれる力が弱くなっていきました。

一方、母は夏の終わりに旅立ちました。
わたしが仕事に行っている時に、意識を失ったという連絡を受けました。
母のもとに駆けつけると、息を引き取っていました。

母は父と違い、だれからも見送られることなく、一人で旅立っていきました。
両親がいなくなった寂しさを感じます。
同時に、人の命の亡くなり方も今回の先輩のお父さまも含めていろいろあることを感じます。
いずれ訪れるその時。自分がどのような形になるかはわかりませんが、それまで昨日も書いたように、
「少しでも楽しみながら、前を向きながら歩いていきましょう。」
コロナウィルス禍の中で、いろいろと配慮が大変だったと思いますが、葬儀の時間が過ぎていきました。

喪主の先輩のあいさつがすごく心に残りました。
お父さまが亡くなられる直前、病院の心配りから、リモートでお別れをしたそうです。
今は、入院してからは、お見舞いに行くことができず、なかなか面会をすることができません。
多くの人たちがそのストレスを抱えていることでしょう。

今回の先輩のお父さまのリモートの中での別れがどのくらい悲しく、せつないものであることでしょう。
「親」のそばにいて送りたいと思う気持ちの中で、リモートの光景を想像すると、胸が熱くなります。
しかし、お互いに姿を見ることができたことは、あとになって後悔がないのかもしれません。

1月は、わたしの父の亡くなった月でもあります。
雪がどんどんと積もった時でした。
息を引き取り、父と帰る道は、雪道となっていました。
それでも父は、父の子どもたち、父のきょうだい、おい、めい、病院の先生方に見送られ、旅立っていきました。
だんだんと手を握ってくれる力が弱くなっていきました。

一方、母は夏の終わりに旅立ちました。
わたしが仕事に行っている時に、意識を失ったという連絡を受けました。
母のもとに駆けつけると、息を引き取っていました。

母は父と違い、だれからも見送られることなく、一人で旅立っていきました。
両親がいなくなった寂しさを感じます。
同時に、人の命の亡くなり方も今回の先輩のお父さまも含めていろいろあることを感じます。
いずれ訪れるその時。自分がどのような形になるかはわかりませんが、それまで昨日も書いたように、
「少しでも楽しみながら、前を向きながら歩いていきましょう。」