たまにはご無沙汰の本ネタです。
本屋の片隅の書棚の小説群に挟まれて、静かに置かれていた古井の小説集。
平積みになるでもなく、新聞広告もあったのやらどうやら。
昨年の2月に82歳で亡くなった古井氏ですが、
その最後の連作小説集「われもまた天に」であります。
3編の短編と遺稿(未完)の4作品が収められていて、内容的には、
亡くなる1年前の2月から遺稿の10月までのことが書かれています。
古井独特の幽明の境地を行き来する文章はいつものことながら、
少し平明で何がしか清澄な香りもする文章になっていて、読みやすいものでした。
別の本を1,2冊間に挟みながら2度読みしてしまいました。
若いころの東北乳頭山への単独行を回想する箇所がありました。
土砂崩れでふさがった下山道を恐れつつも押して渡りきる体験です。
数人のメンバーで、秋田駒から乳頭山、そして乳頭温泉へ下りるというコースを
私も行ったことがありますので、さて古井の歩いたコースはどこだろう、と、
山の地図を広げてみたのですが、裏岩手縦走にしてもよくはわかりませんでしたね。
最後の遺稿の10月から4か月後に亡くなったことになります。
入退院を何度も繰り返しながらの執筆ですから、
どこか生涯の終わりをつぶやくような趣もあるのは自然なことのようです。
「これでさっぱりしたよ。世話になったな。雨があがって、夜も白んでくるようなので、
そろそろ出かけることにするか。…」(「雨上がりの出立」)
夢うつつの中で、どこからともなく聞こえる声、亡き父のものか、それとも自身の声か。
切ないですな。哀悼。