「いつ死んでも有難うさんや~~」両親の亡くなった年を既に過ぎボケを心配して医者に本日結果を?「墓の無い人生はハカ無い人生!」でも墓は無くても良い‼ まして我が家は女系!お婆さんの実家の墓のある場所さえも知らない私!生ている時間も限られて来た今⁈私の死体処理の仕方を残していなければ😄望みは「家族みんなで南の海に散骨!」墓参りよりも⁈何年かに一度その美しい海を見に来てくれれば最高!その業者もいるので少し時間は残っていますので🙃法律上問題無い様に今は勉強中!(^^)!そうは言っても死んだ後の事はどうなるか¿されるか??死ぬ人がいるから生まれて来る人がいる❣その半世紀前のデンマークのフレデンスボーで貧困、片親、離婚等々親に問題がある子供達の施設では,...
11月22日 雪/子供の世話は対応する人達の資質が影響するのが良く分かりました。リスベットの手伝いをしたのでしたがオムツの交換を初めに教えられました。しかし彼女が楽にできるように私に全て任せました。使い捨てオムツが無かった時、おむつは替えるとそのまま包んでまとめて業者に渡す為に一箇所に!今なら簡単に使い捨て紙オムツで済ましのですが、当時はこれが最新でした。
今までにオムツは替えた事が無かった私は忙しく目も回る程‼ リル(ト)ボワのオシメ替えの時には、ウンチのついた足で蹴られたのには、怒ってはいけないと思いながら本当に頭にきたのでした。カチンと来た時に服の着替えをするとどうしても荒くなってしまうと!自分を抑えるのが大変でした。若かった自分は無料奉仕の勉強とはいえ!やっていけない事でした。
リスベットは自分の仕事を人に任せて常より少し楽だったのでした。でも英語が話せたので色々話したかったのですが、取りあえず忙しかったので話すどころで無かったのでした。
その後、少し話ができたので私は今日が初めて仕事についたと言いました。昼に、疲れた為に3時間休みを貰ったのですが、寝たか寝て無いか分からない程でした。一日中子供の泣き声が聞こえる中で過ごして、いらいらしどうしでありました。そんな中で子供達の笑い声がただ一つ救いでありました。
私が作った折り紙のペンギンをステェーンが喜んでみんなに見せたのが、嬉しがったのでした。彼は恥かしがって余り近寄って来ませんが、気の強い所もあり好きな子の一人でした。
でも本当に疲れはて「助けて欲しーい!」と声をあげたかったでした。そして仕事が終わると疲れてバタンキュー!
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