月に1回世話になっている病院へワクチン高齢者優先予約申し込みに!先ず驚いたのは既に人の山。病院の外では、訳の分からない老婦人に説明、ハンドル操作がマズく、アクセルをふかしていた車の前で誘導していた看護師さんに危ないと注意する人。そして人々の列の仕分け等、不慣れな看護師さんが仕事以外の事でハチャメチャでした。これらの人々と年が変わらない自分にガックリ。辿り着いた病院内では電話番号を書き、後に病院から連絡があるだけで終わり!それらが小さな病院なされていたのでした。結局、予約表に必要事項を家に帰って書くとの事でした。全国民、全ての人々にワクチン接種は大変な事だと実感しました。では、そんな事が起こるとは考えもしなかった1971年へ...
二日酔いで非常に気分悪く起きました。驚きは、毎日飲んでいるのに初めての経験でした。先ず、絡んだらしいので人の良い穏やかなベントに昨夜の詫びを、親切にも気を利かして頭痛薬をくれました。(考えると何も苦労が無いのは、最高の幸せな時だったと思います。)
そんな訳で、午前中は仕事を休み部屋で寝てました。今ならこれ位で休まないのに、初めてでよっぽどしんどかったのだと思います。これからも毎回、飲み過ぎを次の日に反省?(ニュースで昨夜の事は飲んでいて覚えていません。と、実は私も良くありました。注、過去形です)
昼食後、オーナーのおばさんが頭の具合はどうかと心配して聞いてくれました。ビックリ!と言うのも、何時もの彼女は我々に対してヒドク冷酷で、いつも彼女の事を悪愚痴を仲間内で言っていたのでした。人はその態度、見かけによらないものだと思いました。
夜、昨夜のドイツ娘達に非礼を謝り、我々と3対3で勉強を開始、途中、もう一度謝ると、同じ事を言うとみんなに笑われました。ここで教え方が上手とバーバラの名がメモっていますが、今、全く生かされて無い事は明白な事でした。
翌日、又、ビールを飲む事になって、さすがに断りました。が、断りきれずに10Krを支払ったのでしたが、案の定、殆ど飲めずに沖村氏の手助けを借りなくてはいけませんでした。どういう訳か、その後、毎回、昼間から飲んでいました。
夜の仕事を終ったら、生活に困っていた米国人クリスの所へパンと牛乳を持って行きました。みんな態度が気に入らないと嫌われていましたが、彼女の周りにはいつも人がいて、二人で話した事も無く、どんな女性かまるっきり覚えが無いです。日記には、私の片思いの女性と書いていました。