子供の頃良くした遊びで現在過去の物となったのは数多いけれど、釘刺しとは誰でもやっている遊びと思っていました。まして、同年輩の人は知っていると思ったけれど、ひょっとして我が町内の人だけかも知れません。京都の街中は知っての通り、碁盤の目になって、ちょうの単位がはっきりしていたので遊びも、対抗戦も総て町単位で行っていたので、遊び仲間は町内で足りていたので、他の町内の事は知るはずもありませんでした。隣の町(ちょう)では盆踊りをしていたけれど、入って行って踊って無いと言うようにしていました。
そんな筈は無いと思いますが、これタイトルとして一番初めに軽い気持ちで書きましたが、今までこの疑問に気づきませんでした。
考えてみれば遊びも時代で変わったものです。古い話ですが、二組に分かれてやる遊びで真ん中に線を引き38度線として自分の陣地を分けていたのは、私の子供の時に遊びにも朝鮮戦争の名残が色濃く残っていたと思います。その時は何の疑問も湧かずに遊んでいました。今まさに、遊びも時代と共にと言う事を感じました。
缶蹴りも道路でやりましたが、車が多くなって今なら危なくてやれません。どうやったのか忘れましたが、鉛筆のキャプに綿をつめて、家にある何かを足して確か火を浸けて、ロケットのように飛ばしたのを、今なら車が多くて危ない丸太町通りでやりました。その電車路線上に磁石を垂らして蹉跌をとったりして遊びました。
まるっきり現在の遊びと大きく違っていました。電車線路沿いに花園迄歩いて水晶を良く取りに行ったのでした。夏は御所迄、蝉取りに毎日行きました。絶対に勉強はしてないと思いました。
釘刺しは比較的に良くやった遊びでしたが、誰でもやっていると思っていましたが、現在のようにアスファルトで覆われた地面でなく、土の地面が無ければできないのでした。私自身が京都の街中に住んでいたので思い出すと、多分どの町にも地面が土の所があったので、私達は路地で良くやっていました。
三角形を地面に書いて、各角を始めに△以外の所に順に5寸釘の頭を下にして、力一杯とがった部分を思い切り刺して行くのでした。遊びは単純で、自分の好きな△の頂点から刺した所まで線を引くのですが、線をまたげないので相手を動けなくしたら勝ちとなります。単純ですが、改めて字にすると書くのが難しいです。
石あても、アスファルトの道路で4-5メートルの幅で線を書いて手の幅に余る石、丁度立つぐらいの幅の石に滑らして当てて倒すと言うものでした。何処で手に入れたのか、石屋が近くにあったので良く取りに行っていたと思うのですが、皆が其れなりの石を持っていたのでした。今思うと、良く石が手に入ったなと思います。これ以外の石遊びもあったのですが殆ど忘れました。
今少し覚えていたら、京の町の子供遊びとして、色々あったので本でも書けたのですが、残念ながら殆んど忘れてしまいました。
そんな筈は無いと思いますが、これタイトルとして一番初めに軽い気持ちで書きましたが、今までこの疑問に気づきませんでした。
考えてみれば遊びも時代で変わったものです。古い話ですが、二組に分かれてやる遊びで真ん中に線を引き38度線として自分の陣地を分けていたのは、私の子供の時に遊びにも朝鮮戦争の名残が色濃く残っていたと思います。その時は何の疑問も湧かずに遊んでいました。今まさに、遊びも時代と共にと言う事を感じました。
缶蹴りも道路でやりましたが、車が多くなって今なら危なくてやれません。どうやったのか忘れましたが、鉛筆のキャプに綿をつめて、家にある何かを足して確か火を浸けて、ロケットのように飛ばしたのを、今なら車が多くて危ない丸太町通りでやりました。その電車路線上に磁石を垂らして蹉跌をとったりして遊びました。
まるっきり現在の遊びと大きく違っていました。電車線路沿いに花園迄歩いて水晶を良く取りに行ったのでした。夏は御所迄、蝉取りに毎日行きました。絶対に勉強はしてないと思いました。
釘刺しは比較的に良くやった遊びでしたが、誰でもやっていると思っていましたが、現在のようにアスファルトで覆われた地面でなく、土の地面が無ければできないのでした。私自身が京都の街中に住んでいたので思い出すと、多分どの町にも地面が土の所があったので、私達は路地で良くやっていました。
三角形を地面に書いて、各角を始めに△以外の所に順に5寸釘の頭を下にして、力一杯とがった部分を思い切り刺して行くのでした。遊びは単純で、自分の好きな△の頂点から刺した所まで線を引くのですが、線をまたげないので相手を動けなくしたら勝ちとなります。単純ですが、改めて字にすると書くのが難しいです。
石あても、アスファルトの道路で4-5メートルの幅で線を書いて手の幅に余る石、丁度立つぐらいの幅の石に滑らして当てて倒すと言うものでした。何処で手に入れたのか、石屋が近くにあったので良く取りに行っていたと思うのですが、皆が其れなりの石を持っていたのでした。今思うと、良く石が手に入ったなと思います。これ以外の石遊びもあったのですが殆ど忘れました。
今少し覚えていたら、京の町の子供遊びとして、色々あったので本でも書けたのですが、残念ながら殆んど忘れてしまいました。
文中の釘さし(名前は私も忘れました)はやっていましたよ。
その頃は家の周りは土だらけで、釘のさし放題でしたね。
余談ですが、最近お散歩中にコケまして、コンクリの道路で額を切って血だらけになりました。
昔の土の道ならそんな破目にはならなかったのに!!
額は良く血がでます、私も草抜きをしていて木に頭を引っかけて、特に血が固まらない薬を飲んでますので、血が大分でました。
外に出る時はタオルか紙を持つべきです、お互い注意しましょう。