内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「煮つめてとっておいたスープを、もう一度あたためなおして飲むように」― 貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)より

2022-03-23 12:34:22 | 読游摘録

 我ながらまったくもってさもしい奴だと自嘲せざるを得ませんが、昨日のうっかり購入の「損失」に昨晩はずっと臍を噛み続け、床中輾転反側いたしておりました。というのは、さすがに嘘ですが、気分がスッキリしなかったのは事実です。
 今朝は、一転、これはもうその損失分を購入した本を真剣に読み込むことで取り戻すしかない、とわけのわからない決意を起き抜けにいたし、五時前から白川静著『孔子伝』と貝塚茂樹訳注『論語』をところどころ読んでおりました。どちらもなんと味わい深い名著であることでしょう。前者についてはまた日を改めて話題にするとして、貝塚先生の名訳とさりげないが大事なことを指摘している注解をちょっとだけ覗いてみましょう。

  子曰く、故きを温めて新しきを知る、以て師と為すべし。
  子曰、温故而知新、可以為師矣、
先生がいわれた。
「煮つめてとっておいたスープを、もう一度あたためなおして飲むように、過去の伝統を、もう一度考えなおして新しい意味を知る、そんなことができる人にしてはじめて他人の師となることができるのだ」
*孔子はたんなる物知り、過去のことをよく記憶しているだけでは学者にはなれないと考えたのであろうが、そこまではいわずに、物知りでは他人の先生になれないと控えめに述べている。

 「煮つめてとっておいたスープを、もう一度あたためなおして飲むように」というところが実にいいですね。これは漢の鄭玄の古注にしたがって、「温」を冷えた食物をあたためなおすという原義にとったところから出て来た現代語訳ですが、ここを読んだだけで、古典の読み方のコツのようなものが言葉の「温もり」とともに伝わってきはしないでしょうか。
 本文庫版の母体となっているのは、1966年刊の『世界の名著』の一冊として刊行された全訳であり、この文庫版の初版は1973年に刊行されていますから、すでに長年座右に置かれ熟読されている方も少なくないと拝察いたしますが、まだお手にとったことがない方は、これを機会に購入されることをお勧めします。こういう名著を味読するには、やはり紙版がいいですよね。