内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ジャニコーとギュスドルフの業績を礎石としてフランス・スピリチュアリスムの歴史を書き直すという仕事の意義について

2023-01-24 17:49:37 | 哲学

 2000年にフランスの哲学雑誌の一つ Les études Philosophiques (PUF) でメーン・ド・ビラン特集号が組まれた(Avril-Juin)。その Présentation で Renaud Barbaras は « il resterait à faire une histoire de ce que l’on a appelé hâtivement le spiritualisme français, histoire dont les multiples dimensions sont toutes en germe dans la pensée de Maine de Biran » (p. 146. Souligné par l’auteur) と書いている。フランス・スピリチュアリスムと性急に名づけられたものの歴史はこれから書かれなくてはならず、その歴史の多様な次元は萌芽のかたちでメーン・ド・ビランの思想にすべて含まれているという。原文で spiritualisme français の前に単数の定冠詞 le が付されており、それがイタリックで強調されているのは、それがあたかも一つの主義のように捉えられるかのような表象の仕方を批判的に示すためである。
 この指摘がされてから23年経つが、いまだにその歴史はフランス本国で書かれていないし、他の国でももちろん書かれていない。今後書かれるかどうかもわからない。しかし、ベルクソン化されたラヴェッソンからラヴェッソン自身の哲学へと立ち返るためにも、メーン・ド・ビランからラヴェッソンへの哲学的系譜を書き直す作業は不可欠であろう。
 この作業のための確かな礎石の一つを置いてくれたのがジャニコーの大きな業績の一つだと思う。ジャニコーの仕事を引き継ぐことになるこの系譜の書き直し作業は、単にフランス哲学史の欠落した部分を埋めるという消極的な意義を有するにとどまるものではない。この系譜を、当時のヨーロッパの政治思想史・科学思想史・社会思想史の文脈の中に位置づけることで、哲学がどのように時代の動向と呼応しながら形成されていくのかも見えてくるだろう。
 この仕事のもう一つの礎石は、このブログでも何度か賛嘆の念とともに紹介した Georges Gusdorf の全十三巻(十四冊)からなる Les sciences humaines et la pensée occidentale であろう(こちらの記事を参照されたし)。
 ビランからラヴェッソンへと受け継がれたものとそうでないものを見極めあ、ベルクソンの「先駆者」としてではないラヴェッソン独自の哲学をそれとして捉えるという作業は、単にフランス・スピリチュアリスムの歴史の書き直し(もちろんそれ自体大きな仕事だと思うが)ということにとどまらず、十九世紀ヨーロッパ哲学史を眺望することができるだけの高度をもった一つの観点を構築する作業でもあるだろう。