『眼と精神』には、ベルクソンの La Pensée et le Mouvant に収録された論文「ラヴェッソンの生涯と業績」からの引用がある(この一節の引用に関する複雑な問題群に関しては2014年8月29日の記事を参照されたし)。
ベルクソンのこの論文には、ラヴェッソンのデッサン論がかなり詳しく紹介されており、そこにレオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』の中からラヴェッソンが好んで引用するとベルクソンが言う文章が引用されている。
« Le secret de l’art de dessiner est de découvrir dans chaque objet la manière particulière dont se dirige à travers toute son étendue, telle qu’une vague centrale qui se déploie en vagues superficielles, une certaine ligne flexueuse qui est comme son axe générateur. » (PUF, 2009, p. 264)
「素描芸術の秘訣は、おのおのの物のうちに、中央の波が表層の波へと広がっていくように、あるうねるような線がその広がり全体を通じて進んでゆくその独特な仕方を発見することだ。このうねるような線は、その物の生成軸のようなものである。」(私訳)
このダ・ヴィンチからの引用をメルロ=ポンティが『眼と精神』のなかで一部省略して引用しているのである。つまり、メルロ=ポンティは、ラヴェッソンがダ・ヴィンチの『絵画論』の仏訳から引用している箇所をベルクソンが引用しているのを引用しているのである。これは、孫引きでも、「曾孫引き」でもなく、「玄孫引き」である。
ベルクソンは当該のダ・ヴィンチからの引用をラヴェッソンが『教育学事典 Dictionnaire de pédagogie et d'institution primaire 』のために執筆を分担した項目「デッサン」から引用している。1882年から1893年にかけて出版されたこの『教育学事典』はフランス国立図書館(BNF)の電子図書館 Gallica で閲覧・ダウンロード(無料)できる。それによって確認したところ、ベルクソンの引用は項目の文章(680頁左側)と正確に一致している(こちらを参照)。
ただし、ラヴェッソンの引用には不定冠詞 une が抜けている箇所があり、ベルクソンはそれを補って引用している。このことをちゃんと注で指摘しているのは、La Pensée et le Mouvant の多数ある版のうち、La Pochothèque 版だけであった(Tome 2, p. 1077, n. 3)。それだけでなく、ベルクソンが引用していない箇所も補って、ラヴェッソンが引用しているダ・ヴィンチの絵画論の当該箇所を注に引用するという親切ぶりである。ダ・ヴィンチの『絵画論』仏訳の書誌的情報を注に記しているのも同版だけである。
ちなみに、PUFから2009年に出た La Pensée et le Mouvant 校訂版では、当該箇所に学部生でも書けるような簡単な注が付いているだけである。同版は圧倒的な情報量を誇るが、結構誤植もあり、また注にも不備が散見される。
細かくてややこしい話が続いたが、まだ終わりではない。というのも、ラヴェッソンが引用しているダ・ヴィンチの『絵画論』の仏訳がどの版なのかまだ突き止められていないからである。上掲のポショテック版には、別の箇所の注に « Voir Trattato della pittura di Lionardo da Vinci, édition de Raphael Trichet du Fresne, Paris, Giacomo Langlois, 1651. » と記されているだけで、これではラヴェッソンが本当にこの版から引用したのかわからない。おそらくポショテック版の校注者もそこまでは調べなかったのではないかと思われる。
私の手元にあるダ・ヴィンチの『絵画論』の仏訳 Traité de la peinture は、アンドレ・シャステル訳注版(Éditions Berger Levrault, 1987年)の新訂版(Calmann-Lévy, 2003)である(この美しい大型本についてはこちらの記事を参照されたし)。今朝からずっと当該箇所を探しているのだが見つからない。焦ることはない。むしろ、これを良き機会として、この豪華本『絵画論』を、その中に収録されているため息が出るほど美しい図版の数々を嘆賞しながら毎日数頁ずつ読んでいこうと思う。
かくして、日々の愉しみが一つ加わった。