内的自己対話-川の畔のささめごと

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植木枝盛の「万国共議政府」構想を支える二つの原理 ― 小国自治主義の原理と民主原理

2023-04-16 00:00:00 | 読游摘録

 植木枝盛が「無上政法論」において展開した万国共議政府の構想を支える二つの原理、小国自治主義と民主原理について、色川大吉『自由民権』第三章「二つの防衛構想」の説明を順に見ていこう。 
 その説明は同章の「2 集団安全保障の道」に見られる。タイトルからだけでも推測できるように、そこで取り扱われているテーマは現代の私たちにも切実な問題であり、植木の議論から学べることは少なくない。ただし、そこには色川の解釈も交えられていることには注意する必要がある。
 世界最高憲法を定め、万国共議政府を設置して、侵略の心配が少なくなれば、どんな利益があるか。この問いに対して植木は次のように答えている。「すなわち天下の各国皆自由にその国を小分するを得べし。これ一の大利益なり。」国土を小さく分割できるようになれば、ますます人民の自由は進み、「代議政体を一変してこれを直与政体に改むることをも得べきなり」というのが植木の考え方である。この小国主義は中江兆民も主張している。この小国主義は、植木が「日本国国憲案」(一八八一年八月)の中で提示した、七〇の独立した州政府の連邦としての日本という構想へと発展する。
 この小国主義について一言私見を述べる。
 政治への国民の直接参加を促す点は、確かに小国主義の利点と言えるだろう。しかし、日本に限らず、この小国主義は現代の世界ではほぼ実現不可能だ。仮にそれがどこかで実現できたとしても、明治前期には存在しなかったエネルギー問題や環境問題に対してはその解決の大きな障害となりかねない。小国間の利害の対立をどう調整するかという問題が必ず発生するからである。連邦政府が小国家的単位を超えて、諸国に共通する問題、あるいは一国が原因となっている問題を諸国に共通する問題として処理できるか、これはきわめてデリケートな問題で、連邦政府が強権を発動すれば、それは小国主義自体の否定をもたらしかねない。
 第二の原理、民主原理は以下の認識に基づいている。政府(権力)はもともと悪をなすものだから、人民がたえず監視し、批判し、抑制していなければ、たちまち圧政に変じる。つまり、本来的に悪である政府に対しては、抵抗権こそ人民の基本権であって、抵抗権のない自由や民主主義は画餅に過ぎない。政府への批判を保障する言論の自由が、民主主義実現の絶対条件だという植木の主張もそこから来ている。
 人民の側に政府に対してのこうした冷徹な認識、そして政府からの抑圧に対して言論の自由を擁護し続ける持続的な抵抗の精神のないところに民主主義は成立し得ない。この民主主義の成立不可能性は現代日本がそれを「見事に」実証している。こう言えば、言い過ぎになるだろうか。
 当時の民権家についての色川の考察に耳を傾けよう。

当時の民権家は現代人のように組織とか制度とかを信じていない。それらは「人民の自主の元気」が旺盛なときにはじめて利点を発揮できるものだが、その元気の薄れたときはたちまち形骸化し、かえって人民を圧制する道具となる、そういう醒めた認識が彼らにはあった。

植木は人民の自治がもっとも実現されやすい「小国」尊重を基礎に、あくまでも人民の元気(人民の創造力)を根源的な保障として把握し、その上に世界最高憲法や共議政府(機構)を構想したのである。明治国家の枠組をやぶった大胆かつ奔放自由な思考というべきではないか。

さいごにこの共議政府によって、「天下各国みなその兵備を減少」させることができれば、ついには軍備を全廃する道もひらけよう。社会の福祉を増すこともできよう。そしてそれは、「人間をして殺伐の気風を除減し……その品等を上昇せしむるに至るべし」。そしてはじめて、人類はその文化的創造力をこの地上に開化させることができるようになろう、と結んでいる。

こうした自由な構想もそれを支えていた民権運動の敗退によって、いちじるしく可能性の幅をせばめられていった。

 一八八四年以降、民権家の大部分は「脱亜論」的な言説に与するようになり、国権優先の国家主義的な潮流に巻き込まれていく。明治国家の軍備拡張、大陸進出政策に同調する言動が公然と現れる。この激流のなかで、植木や中江兆民に代表される小国論派はあきらかに孤立する。
 こうした民権論退潮と天皇制支配体制の強化という歴史的文脈のなかで兆民の『三酔人経綸問答』は書かれた。
 慧眼なる読者諸氏はすでにお気づきのことと拝察いたしますが、昨日今日の記事は、来週火曜日の授業のための講義ノートでありました。