名古屋・名駅街暮らし

足の向くまま気の向くままに、季節の移ろいや暮らしのあれこれを綴ります。

OB会

2013年03月08日 | セカンドルーム


もと会社OB会の仲間と、知多半島の常滑近辺を中心に、名所旧跡を散策して来た。
常滑は1000年以上の歴史を持つ焼物の産地で、土管や水瓶など主力製品の需要が無くなった以降は、急須などの家庭用品も多く作られていた。


かつては300~400本の煙突が林立していたと言われるが、今はレンガ製の古い煙突が数本残っているだけである。


「やきもの散歩道」が整備されていて、古い登窯や角窯、土管坂、廻船問屋瀧田家の旧宅などを見物しながら散策が出来る。


2時間ほど歩いた後は、「りんくう常滑」駅近くの埋立地に建つ、「まるは食堂」で活魚料理に舌鼓を打った。
セントレア(中部国際空港)に隣接する広大な埋立地は、古い焼物の町とは対照的に、中部空港都市として開発が進められている。

まだ計画途上で、大型ショッピングセンターや物流拠点用地は空き地のままで、駅前ロータリーも閑散として、荒涼とした風景が広がっていた。
午後は、浅井長政の三女お江の嫁ぎ先である佐治一成の大野城や、佐治氏ゆかりの蓮台寺や、雪舟作の達磨大師図のある斎年寺などを訪れる予定であった。
山岳部OB会の先輩の訃報を聞き、午後の予定を打ち切ってお通夜に参列して来た。
奥様のお礼の言葉に、「中日新聞記者一筋に励んだ現役時代。文章を書くことが何よりも好きだった夫にとって、この仕事は天職だったことでしょう。
旅をすれば丁寧に紀行文を記し、病室でも手紙をしたため・・・」と述べられていた。
早い旅立ちは残念でならないが、私の手元には先輩がまとめた会の旅行記や恩師や先輩の追悼文集などが10冊ほどある。
面倒見のいい先輩は、山仲間の思い出が詰まった小冊子を残して、静かに旅立たれた。   合掌

コメント (2)
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