中尾峠から焼岳
初冬の山小屋は静かで、6時の夕食が終わると9時の消燈を待たず、相部屋の4人は全員布団に入って寝てしまった。
今日は日の出と共に小屋を出て、割谷山を越えて焼岳を目指した。
森林限界を越えない道は、ツガやシラビソ、ダケカンバの森を縫って続き、日陰には霜が残り泥濘も凍っていた。
所々で視界が開け、振り返ると昨日登った西穂高が遠ざかり、前方にはこれから登る焼岳の噴煙が近づいてくる。
左手眼下に上高地が金色のカラマツに彩られ、右手に笠が岳が屏風のように広がり、息をのむような美しい風景が次々と展開される。
割谷山をトラバースして、下ったところに山小屋があり、眼前に焼岳が聳えている。
ここは11月3日まで営業するとのことであった。北アルプス山域の山小屋は、通年営業の西穂山荘を除いて、ほとんど閉鎖されている。
小屋の脇から小高い山を越え、旧中尾峠へいったん下って、いよいよ山頂を目指す。
眼前の溶岩ドームから噴煙が立ち上り、足元の穴から硫黄臭い湯気を吹き上げ、緊張感と期待で胸が高鳴る。
山頂へはガレ場の急登が続き、硫黄を吹き出す噴火口やゴーゴーと唸る噴気孔の脇を通って登っていく。
山頂からの眺望は素晴らしく、穂高連峰を背にした上高地や、乗鞍岳、白山、笠が岳などの大パノラマを堪能できた。
下山路は上高地、中の湯、中尾温泉があるが、中尾へ下ることにした。
このルートは旧鎌倉街道の裏街道として、落ち武者や駆け落ち、夜逃げなど、訳があって密かに利用されたとも伝えられている。
峠の途中にある秀綱神社は、飛騨を治めていた戦国武将三木秀綱が金森氏に敗れ、信州を目指して落ちて行く途中で非業の死を遂げた。
縁のある中尾の人たちが、不運の武将を祀り、道中の安全を願って建てたと言われている。
麓に近づくにつれて、まわりの紅葉がいっそう鮮やかになり、原生林や白水の滝など見所も多く、今までの疲れを忘れさせてくれる。
温泉の噴煙で中尾に近づいたことを知り、長い行程を無事に終えてほっとした。
夕闇迫る山の紅葉を見ながら、露天風呂に入り2日間の疲れと垢を洗い流して帰路に着いた。