【本文の概略】(①~⑥は形式段落の番号です)
本文は夏目漱石によるものですから、「現代」とあっても百年以上前のことですね。このあたりのことは、受験生は常識として知っていると一橋大学は考えているようです。(注釈なし、ですから)。また、古めかしい言い回しや表記(「しかのみならず」「器械力」「気儘に勢力を費や(す)」「吾人の今日あるは全くこの本来の傾向あるがために外ならん」などなど)にも注がないので、今ではあまりお目にかからない言葉でも、前後の関係から意味を推測できるとも考えているようです。少なくともそのくらいの力がない受験生はいらない、という裏のメッセージがあるように感じます。漢文ができていると明治文語文はそれほど、難解ではないでしょう。
要約では、本文の言い回しをそのまま使うのではなく、現在の日本語に直して書くことも肝要でしょう。「私は本文が読めているんだよ」という受験生から大学側へのメッセージにもなります。
さて、今回の文章は、講演を文章に起こしたものなので、書かれた文章に比べて、論の進め方が少々入り組んでいます。聴衆は、講演者の言葉をその場で繰り返して聞くことができない。その辺の事情は、講演者もよく分かっていますから、同じことを、表現を変えて繰り返したり、「具体例」を豊富に盛り込んだりして、聴衆の理解を助けようとします。そのため、講演や対談から起こした文章は、読みやすいけれど、論理が追いにくいものになることが多いのです。
ただ、今回の文章は、③段落に「パラドックス」という重要な言葉があり、この内容を明らかにすれば、ほぼ解答になるので、それほど戸惑わなかったかもしれません。
本来「パラドックス」は、「矛盾しているように見えて、本当はそうではないこと」を意味しますが、ここでは、ほぼ「矛盾」と同義で使われています。では、矛盾している事項は何と何か。
ここでおきまりの「対比」の視点がでてくるわけです。おおざっぱに言ってしまえば、この文章の対比事項は「昔」と「今」です。この二つの事項がどう矛盾しているのか。これは、④段落冒頭「けれども」の前後で示されていますね。
●二種類の活力~工夫し得た結果として昔よりも生活が楽になっていなければならないはず
けれども(逆接)
●お互いの生活ははなはだ苦しい=生存競争から生ずる不安や努力~苦しくなっている
本文中の言葉を借りて整理すれば、「昔よりも生活が楽になっていなければならないはず」だけれども「(今の)お互いの生活ははなはだ苦しい」という矛盾があるのです。なぜ、「昔よりも生活が楽になっていなければならないはず」なのかと言えば、「今」(=開化)」は、「活力節減」(⑥段落)と 「娯楽」(②段落)との「二種の活力」(③段落)によって出来上がったものだからです。
これで要旨の骨格はできてしまいました。この枠組みから少しずれるのが⑤段落の内容。やはり「昔」と「今」の対比になっていますが、中身は、今と昔の「争い」「競争」の違いを指摘しています。解答にはこの内容も盛り込んでおきましょう。
付け加えておけば、①段落と⑥段落は、「具体例」を示している箇所ですから、ここの内容を要旨に入れる必要はありません。
【解答例】
昔から人間は、労力を節約したい、気ままに力を使いたいという二種類の生得的な願望を活力としてきた。この二種類の活力によって、「開化」が出来あがり、生活の程度は上がった。しかし、生活が楽になるどころか、逆に生存競争が厳しくなるという矛盾が生じた。この矛盾は、昔は死ぬか生きるかのために争ったが、「開化」の下では、どのような状態の中で生きるかという問題に腐心しなければならないという点に起因している。(一九七字)
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