熊本熊的日常

日常生活についての雑記

拠って立つところ

2010年01月07日 | Weblog
サントリー美術館で開催中の「清方ノスタルジア」を観てきた。展示は12月中旬に入れ替えが行われており、前期の内容は知らないのだが、現在はトリを飾るのが「汐路のゆきかひ」。清方が80歳を過ぎて描いた自分の子供時代の風景だそうだ。記憶というのは不思議なもので、時間の経過とともに心地よい雰囲気のようなものが研ぎ澄まされ、不快なことはどうでもよくなるか深く沈殿していく。「汐路のゆきかひ」は、あたかもその絵が光を放っているかのようだ。子供たちが家路を往く姿なのだが、清方の記憶を超えて観る者の幼年時代の思い出までも揺さぶるような心地よい刺激を受ける。

清方の生涯には日清、日露、太平洋の3つの大きな戦争が含まれている。おそらく今とは比較にならないくらい大きな変化のなかを生きたはずだ。波乱を越え、社会も、たぶん人生も、ようやく落ち着いてきた頃が晩年に重なり、その心象が子供の頃の楽しかった瞬間の風景を呼び起こしたのではないだろうか。昭和31年7月発行の「経済白書」の副題が「もはや戦後ではない」。「汐路のゆきかひ」が発表されたのは昭和34年、清方82歳のことである。

ふと、ロンドンで観たジョン・カンスタブルの風景画のことを思い出した。画家が田園風景のなかで絵筆を走らせている様子が眼に浮かぶようだが、彼の風景画はスケッチをもとにロンドンのアトリエで描かれたものだ。しかも、若い頃には足繁くスケッチに赴いたそうだが、制作が活発化する頃には殆ど出かけなかったという。あの風が香ってくるような風景画は画家の記憶の発露なのである。

「古き良き時代」という言葉がある。誰もが「古き良き時代」を持っているとは思えないのだが、このような言い方が定着しているということは、誰もが「古き良き時代」を感じているということなのだろう。現在の境遇に満足していてもいなくても、精神を貫く骨格とか、精神を安定させる碇のようなものとして、記憶の中から選りすぐった光景というものを、少なくとも心が健康な人ならば、誰もが大切に抱えているものなのではないだろうか。

鏑木清方の作品をこれだけまとめて観たのは初めてだ。彼は先日このブログに書いた柴田是真と親しかったという。是真とは趣は異なるが、日本画に共通した佇まいには、西洋画を観るときには感じない共感のようなものを覚えるような気がする。例えば、学生時代にインドを1ヶ月ほど旅行したときに、帰路の航空便の経由地であったラングーン(現ヤンゴン)で空港職員や売店の売り子の顔に自分と同じものを共有しているかのような気持ちになり、ほっとしたような感じを覚えたことに通じるような共感である。生きるというのは浮遊することだと思う。自分のなかでは無意識に過去、現在、未来を一連のものとして認識し、現在の延長線上に当然に未来がやってくると思っている。しかし、次の瞬間に何が起こるか誰にもわからない。そういう不確実性を了解しているからこそ、その不安を緩和すべく、防衛本能のように精神の拠り所を求めているのであろう。それが文化として具現するのだと思っている。少なくとも今は、自分にとっての拠り所が自分が生まれ育ったこの国のなかにあると、日本の文物を目の当たりにして、認識を新たにするのである。