仕事帰り、東京駅発0時27分の山手線内回りに乗る。この時間の山手線内回りは秋葉原駅の総武線乗り換え階段に合わせて混雑している。秋葉原の階段から遠い車両は空いている。たまたま乗った車両が混んでいる車両だったが、秋葉原で過半の客が降りてしまった。6つドアで座席は3人掛けだ。目の前の席が空いたので座って本を読んでいた。座る前から気になっていたのだが、時々妙な電子音が鳴り響く。不届き者が音声をオンにして携帯型のゲームでもしているだろうと思った。それにしても神経に障る音だ。読書に集中できず、少し苛々する。
電車は上野を過ぎ、田端を過ぎ、いよいよ空いてくる。駒込に着き、自分の席と音のするほうとの席の間に人の姿がなくなり、ようやく音の正体がわかった。隣の座席の真ん中の席で、若い女性が眠っている。膝の上には携帯電話。あの電子音が鳴り出すと、電話が発光する。膝の上で携帯の耳障りな着信音が鳴っていても気づかないほどに熟睡しているのだろう。
こういう時、どうするべきなのだろう?
「お嬢さん、電話ですよ」
とやさしく肩などを揺すってみる。
このことがきっかけとなって、彼女との交際が始まるというのなら、いいかもしれない。
実は性悪女で、因縁をつけられる、というようになると困る。
実は死んでいて、行きがかり上、駅事務室とか警察に連れていかれてしまう、というのも困る。
その電話に出てみる、という選択肢もあるだろう。
「あのぅ、彼女なら今、私の隣で眠ってますけど」
と言って切ってしまう。その後、その女性と電話の相手との間に何が起こるのかということにも興味を感じないわけではない。
そんなことをぼやんやり考えているうちに電車は巣鴨に着いた。電車を降り、ホームを歩いていると、電車のドアが閉まり、動きだした。池袋より先に行く最後の電車である。あの人は、ほんとうはどこで降りるはずだったのだろう?秋葉原あたりから断続的に電話をかけていた相手は誰だろう?深夜に電話をかけ続けるのだから、よほど大事な用件があるに違いない。
車内で熟睡、ということで何年か前のことを思い出した。やはり山手線内回り、目白と高田馬場の間でのこと。私はドアの進行方向側の脇の手すりに身体をあずけて立っていた。向かいに若い女性が同じように立っている。眠っているようで、微妙なバランスである。そのときはぼんやりと窓の外を眺めていた。学習院のある高台が過ぎ、家並が鉄路の下へと流れ、新目白通りの上を通過する頃、ふと視界の片隅に床を這う液体を捉えた。その液体は彼女の足元から発していた。彼女はジーンズを穿いていたが、股のあたりから下に向かって濡れているようだ。
このようなことは滅多にあるものではないが、どうするべきだったのだろう?
「ちょっと失敬、失禁かな?」
とは言えまい。どうしたものかと思案する間も無く、電車は速度を落とし、その所為で床を這う液体が私のほうへ向かってきた。ほどなく高田馬場に到着。当時、私は鷺宮に住んでいたので、そこで山手線を降り、西武新宿線のホームへと向かった。
今でも、あのあと彼女がどうしたのか気になっている。今日の携帯の彼女は、これほど印象的ではなかったが、それでも私の記憶のなかに残るのだろうか。
電車は上野を過ぎ、田端を過ぎ、いよいよ空いてくる。駒込に着き、自分の席と音のするほうとの席の間に人の姿がなくなり、ようやく音の正体がわかった。隣の座席の真ん中の席で、若い女性が眠っている。膝の上には携帯電話。あの電子音が鳴り出すと、電話が発光する。膝の上で携帯の耳障りな着信音が鳴っていても気づかないほどに熟睡しているのだろう。
こういう時、どうするべきなのだろう?
「お嬢さん、電話ですよ」
とやさしく肩などを揺すってみる。
このことがきっかけとなって、彼女との交際が始まるというのなら、いいかもしれない。
実は性悪女で、因縁をつけられる、というようになると困る。
実は死んでいて、行きがかり上、駅事務室とか警察に連れていかれてしまう、というのも困る。
その電話に出てみる、という選択肢もあるだろう。
「あのぅ、彼女なら今、私の隣で眠ってますけど」
と言って切ってしまう。その後、その女性と電話の相手との間に何が起こるのかということにも興味を感じないわけではない。
そんなことをぼやんやり考えているうちに電車は巣鴨に着いた。電車を降り、ホームを歩いていると、電車のドアが閉まり、動きだした。池袋より先に行く最後の電車である。あの人は、ほんとうはどこで降りるはずだったのだろう?秋葉原あたりから断続的に電話をかけていた相手は誰だろう?深夜に電話をかけ続けるのだから、よほど大事な用件があるに違いない。
車内で熟睡、ということで何年か前のことを思い出した。やはり山手線内回り、目白と高田馬場の間でのこと。私はドアの進行方向側の脇の手すりに身体をあずけて立っていた。向かいに若い女性が同じように立っている。眠っているようで、微妙なバランスである。そのときはぼんやりと窓の外を眺めていた。学習院のある高台が過ぎ、家並が鉄路の下へと流れ、新目白通りの上を通過する頃、ふと視界の片隅に床を這う液体を捉えた。その液体は彼女の足元から発していた。彼女はジーンズを穿いていたが、股のあたりから下に向かって濡れているようだ。
このようなことは滅多にあるものではないが、どうするべきだったのだろう?
「ちょっと失敬、失禁かな?」
とは言えまい。どうしたものかと思案する間も無く、電車は速度を落とし、その所為で床を這う液体が私のほうへ向かってきた。ほどなく高田馬場に到着。当時、私は鷺宮に住んでいたので、そこで山手線を降り、西武新宿線のホームへと向かった。
今でも、あのあと彼女がどうしたのか気になっている。今日の携帯の彼女は、これほど印象的ではなかったが、それでも私の記憶のなかに残るのだろうか。