熊本熊的日常

日常生活についての雑記

二度と来ない好景気

2010年08月17日 | Weblog
自分は日本の高度成長期と共に成長した感が強いので、経済成長というものの実感を知っている世代に属する。例えば、小学生の頃に家のテレビが白黒からカラーになり、それが自分の家だけでなく友人の家も次々とそうなり、それまで無かった電話が引かれ、親戚に自家用車を持つものが現れ、… という具合に身の回りに、それまで無かった品物がひとつまたひとつと増えていくという現実を経験している。自分は行くことができなかったが、大阪で万国博覧会が開かれて、どのパビリオンでも未来の暮らしを展示していたことは知っている。当時、母が製版会社にパートに出ていて、落丁や乱丁でラインからはねられた本が家にいくらでもあった。そのなかに万博のガイドブックもあったのだ。勿論、良いことばかりではなく、石油ショックでトイレットペーパーや砂糖が店頭から消えてしまって大騒動になったり、大学時代に就職活動をしていた頃も、景気は決して良くはなかった。その直後に円高不況があり、その反動ともいえるバブル景気があり、当然に好況も不況も経験しているのである。

ところが、日本人なら誰でも同じ、というわけではないらしい。「物心付く」のが何歳頃なのか知らないが、仮に5歳くらいとすると、1985年以降に生れた人は経済成長とか好景気というものを実感として経験していないのではないだろうか。経験していないものを思い描くというのは容易なことではない。何があっても、悲観シナリオを描いてしまう世代が、社会を動かす中核を担う時代になっているとしたら、好景気などと呼ぶことのできる経済環境は実現できないのではないだろうか。

日経平均は8月12日に終値ベースでの年初来安値9,065.94円を記録したが、今日も軟調でザラ場安値は9,084.24円、終値9,161.68円だ。雰囲気としては9,000円割れは時間の問題だろう。3月に開かれた大学の同窓会で、証券会社の社長をしている学友が、日経平均5,000円でも利益の出るような仕組み作りを考えている、というようなことを語っていたのが思い出される。株価は経済の先行指標でもあるので、終わってしまった決算の数字が良くても悪くても関係ないのかもしれないが、決算が良くても「先行きの不透明感が強い」とされて株が売られ、決算が悪くても「実体経済が悪い」と言って売られる。なにがあっても、結局は売られてしまう。そういう国になったということなのだろうか。