熊本熊的日常

日常生活についての雑記

和服を着てみたい

2012年02月08日 | Weblog
出かけてみようかと思うところがあったのだが、鴨鍋セットが届いたので新しいうちにいただこうと夜まで外出は控えた。一人分の鍋というのは今時珍しくはないのだが、見たところ一人で食べきれそうな量でもなかったので、昼と夜に分けて頂くことにした。昼に頂いて残りは後日、ということも考えたのだが、作ってみると鴨の脂がかなり出ていたので、時間を置かない方が健康には良いだろうと考えた。明日は終日外出なので、昼と夜は外食だ。それにしても、鴨は旨い。鴨と一緒に食べる長葱も旨い。冬は鍋が旨い。

夜は丸の内カフェで開催された和服についての講演会を聴講してきた。銀座もとじの代表取締役社長である泉二弘明氏が講師だ。呉服商の社長さんが講演をするのだから自分の店の宣伝だけかと思いきや、制作工程や素材確保の工夫などものづくりとしての和服の側面をわかり易く解説していただき大変勉強になった。もちろん、全体としてはしっかりとお店の宣伝になっているのだが、それが気にならないほど和服という商品の背景や着こなしというところが話のなかで押さえられていて、楽しい講演だった。

落語が好きということもあって、和服にも関心がないわけではない。ただ、手入れが大変そうであるとか、高価であるとか、なかなか手を出しにくいイメージが自分のなかに形作られている。話を聞いてみれば、それは「イメージ」ではなくて現実なのだが、それでも機会を作って着てみようか、それ以前に誂えてもらおうかという気分になった。

それにしても、「和服」といいながら原材料である絹は97%が輸入品だそうだ。糸を紡ぐのも織るのも染めるのも手仕事がどんどん失われ、日本の衣服でありながら国内で生産することができなくなる日が目前に迫っている。こうした状況は和服に限らず、この国の伝統工芸すべてに当てはまることだ。技術というのは一旦途絶えると再生することが困難になる。道具類は伝承できてもそれを使う人の技術、経験の蓄積によってしか得ることのできないノウハウや勘を伝えることが難しいのである。手がける人が少なくなると、その稀少性によって価格が上昇し、ますます需要が減少して生産に関わる人々の仕事が少なくなるという悪循環に陥る。確かにマスの市場を念頭に置くなら、和服産業を含めた伝統工芸品の商売というのはこれからますます困難になるだろう。しかし、価格原理だけで行動する大多数の人たちとは別に、手仕事を愛好する人々の需要は確実にある。その限られた市場を拡げることは無理であるとしても、現状維持か微かな成長と、海外の手仕事市場との交流といった方向性を変えた拡大可能性は探る価値があるのではないだろうか。現に今日の講師である泉二氏が創業された銀座の呉服商は業容が拡大しているようだし、昨年参加した民藝学校で訪れた先でもそうした世界で活躍されている作家さんたちがおられる。結局、時代の大きな流れに逆らうことはできないのだが、十人十色という言葉があるように、ピンポイントで市場を見れば絶滅寸前の手仕事でも生きながらえる要素がいくらでもあるような気がするのである。なんでもかんでも価格原理とか効率だとかいった薄っぺらなものが支配するわけではないと信じたい。