本作のプログラムには「物語は、21世紀直前―世紀末の渋谷区円山町ラブホテル街で実際に起きた殺人事件からインスパイアされたオリジナル・ストーリーである。」と書いてある。その「殺人事件」というのは「東電OL殺人事件」のことだろう。1997年3月19日午後5時頃、円山町にあるアパートの1階の空室のはずの部屋で東京電力東京本店企画部経済調査室副長である39歳の女性の死体が発見されたという事件だ。被害者は慶應女子高校から同大経済学部を経て、同社の女性総合職一期生として入社した経歴の持ち主だ。企画部経済調査室というのは国会答弁や政府の審議会や委員会などで使う資料の作成といったことも担当する部署らしく、政官界とのつながりが強いところでもあるらしい。そこへもってきて事件後はいかにも冤罪風の展開になっているのだから、何か裏があると思わないほうがどうかしている。尤も、映画のほうは「インスパイア」されただけなので、そういうアンタッチャブルなところには踏み込まず、よく言われる「心の闇」というあたりを題材にまとめた作品だ。
園子温という映画監督が評判らしいので、ずっとその作品を観てみたいと思っていた。「愛のむきだし」は観に行くつもりでいたのだが、ついつい観そびれてしまって悔しい思いをした。本作も昨年11月に公開されたときに観に行くつもりだったのが、思いの外早く公開が終わってしまったが、こうして名画座系での公開が始まっていて、念願かなって拝見できた。
正直なところ、もっとすごい作品なのかと思っていた。どこにでもありそうなことが普通に描かれているという印象だ。細部の詰めが今ひとつ不自然さを拭いきれず、監督の生活観に疑問を抱かざるを得ないところもある。例えば作家である菊池由紀夫は自宅の外に仕事場を設け、午前7時ちょうどに家を出て、午後9時ちょうどに帰宅する。仕事との往復で持ち歩くカバンはAero ConceptのSupertransporter A3wideだ。何を運ぶことを想定してこのカバンにしたのだろうか。本作のなかで、彼が本来の仕事場ではなくホテルで原稿を書いていることをうかがわせる場面がある。ということは、原稿とそれを書くのに必要な道具類を持ち歩いていることになる。しかも、その場面では手書きの原稿が使われているのだが、B4の原稿用紙で小説を書く場合、どれほどの量になるのだろうか。Aero ConceptのSupertransporterといえば、それほど容量の大きなものではない。原稿を手書きで書く作家が持ち歩く小道具としてどうなのだろうか。また、本作では頻繁に雨の場面が登場する。その度に主人公の吉田和子は透明のビニール傘を使っている。雨は激しく、傘をさしていてもスーツの肩が濡れるほどなのに、自宅に帰ってきたときの彼女の傘はいつも濡れている様子がない。傘だけではなく、靴もそうだ。映画は作りものであることは誰でも知っている。だからこそ、小道具類には必要以上に気を配るべきではないのだろうか。凡庸な物語をいい加減なセットで撮ったら、誰が脱いだというようなこと以外に人を惹き付けるものにならないのではないか。全体的な印象として作り手の不真面目さが感じられる作品だった。
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