栗野的視点(Kurino's viewpoint)

中小企業の活性化をテーマに講演・取材・執筆を続けている栗野 良の経営・流通・社会・ベンチャー評論。

「思いのまま」に観梅中、ナンパされる。

2014-03-28 11:18:18 | 視点
(息抜きにどうぞ)

 先日、ナンパされた! と言っても誰も信じてくれないどころか、「なにをバカなことを言っている、ナンパしたのはお前の方だろう」と言われるのがオチだろう。だが、冗談でも何でもなく、ごく「真面目」に誘われたのだ。それも妙齢の女性2人に、福岡市舞鶴公園で。
 その日は舞鶴公園に「思いのまま」を撮りに出かけた。「思いのまま」とは梅の種類で、1本の木に紅梅と白梅が混じって咲いたり、あるいは年によって紅梅だったり白梅だったりと思いのまま、まさに咲きたいように咲く梅の木だが、注意してみないと普通の梅の木と思って見過ごしてしまう。(「思いのまま」の写真は「栗野的風景」にアップ

◆梅にウグイス

 花見といえば最近は桜を見ることを言うのが一般的になっているが、昔は観梅のことだった。それだけに梅の種類も多い。大きくは梅の実を収穫するのを目的にした実(み)梅と、花を鑑賞して楽しむために作った梅が花梅に分かれるが、前者は白梅がほとんど。見るには白梅だけでなく紅梅系が入っている方が楽しめる。
 梅農園が収穫目的の白梅なのに対し、各地の梅公園は当初から観梅目的に植えられているから色とりどりの花が多い。目立つのは一際濃い紅いろの鹿児島紅(べに)やピンク色のしだれ梅。同じくピンク系でも色香が漂い、品を感じさせるのが楊貴妃。楊貴妃は桜の種類にもあるが、やはりピンク色で、こちらも八重。傾城の美女と言われた楊貴妃を彷彿とさせる花で、命名者も絶世の美女を作り出したかったのだろう。

 この他にも種類が多く個人的に名前が気に入っているのは白梅系の「鶯宿梅(おうしゅくばい)」。誰が命名したのか知らないが、ウグイスの宿とはなんとも風流ではないか。花札の梅にウグイスはこの鶯宿梅が元になっている。名前の由来は次の故事から。

 村上天皇の時代、と言ってもよく分からないと思うが、「土佐日記」で有名な紀貫之が生きた時代といえば、なんとなく想像がつく。御所清涼殿の梅が枯れたため、村上天皇が従者に命じて、きれいな花を咲かせる梅の木を探してこさせた。すると枝に短冊が結ばれ「勅なればいともかしこし鶯の、宿はと問はばいかが答へむ」と和歌が詠まれていた。
 天皇のご命令ですから梅の木は差し出しますが、この梅の木を宿にしているウグイスがやってきて、私の宿はどうしたのですかと問われたら、なんと答えればいいのでしょう、というような意味である。
 その和歌を読んだ天皇は驚いて、この梅はどこから持ってきたのかと問うと、紀貫之の娘、紀内侍(きのないし)の「住む所なりけり」と「大鏡」に載っている。

 では実際、梅に鶯がやってくるのかといえば、梅が開花した時期よりずっと後、葉が茂った頃に虫をついばみに来るようで、梅の花に鶯はあくまで見た目重視の設定。今風に言えばビジュアル的にいいから作ったというところだろう。この時期にやって来るのはメジロで、その姿はよく見かける。鶯は「声はすれども姿は見せず」と言われるぐらいだからその姿を見ることはなかなか難しい。少なくとも私はまだ一度も見たことがない。

◆「思いのまま」は変わり梅

 それはさておき、舞鶴公園の「思いのまま」は9分9厘白梅。よほど目を凝らして探さないと変わり花は見つからない。それだけに見つけた人は皆感動するようだ。なんといっても1輪の花に花弁が紅白斑になって咲いているから珍しい。斑というがより正確には紅白が半々、ちょうど左右に分かれたように咲いているのだ。(写真はブログ「栗野的風景」にアップ)

 「思いのまま」を撮り終え、他の枝にやってきたヒヨドリを片目で追いながらベンチで一休みしていた時、冒頭の女性2人が側に立ち、話しかけてきたのだ。こういう時に声を掛けてくる女性は大抵写真か梅に興味がある人だ。ところが、このご婦人達はどちらにもさほど興味がなさそうだった。
 問われるままに「そうですね、もう満開は過ぎましたね。でも、あそこに思いのままという梅が咲いていますよ」と返事をしても、そちらに行こうともせず、こちらの傍らに立ったまま動かない。おい、おい、まさかナンパか、という思いが一瞬頭を過ぎったが、ナンパにしては雰囲気が違う。
 写真でも観梅でもナンパでもなければ何が目的なのか、相手が話しかけてきた意図が分からない。こういう場合はさっさと状況を変える必要がある。というわけで「紅白半々に咲いている花を教えましょうか」と、そちらへ案内して、再びヒヨドリの姿を追う。ところが、それでも私の側を離れない。こうなると興味の対象は花ではなく、私自身だということが分かる。

◆営業と宗教活動の共通点

 「聖書を読まれたことがありますか」。ついに来た。やはりナンパ目的だった。ただナンパはナンパでも宗教への勧誘のようだが。
 相手の手に乗らない方法は2つ。1つは「一切興味がありません」と拒否の姿勢を示し、その場を後にすることだ。少しでも話をすれば必ず相手のペースにはまっていく。
 もう1つは話を常に擦れ違わせ、相手の土俵に乗らないことだ。
「聖書、読んだことがありますよ。学生時代に、英語で」「いや、英語の勉強のためですよ」「キリストもブッダもマホメットも皆同じようなことを言っていますよ。それぞれ素晴らしいですね」「どの宗教も弟子や後世の人がそれぞれ解釈するから宗派が色々分かれるでしょ。キリスト教など12人の弟子ですでに違ったわけですから」「いまの法王は好きですよ。貧者に寄り添った初めての法王ですから」。
 攻撃は最大の防御。相手の言葉よりこちらの言葉の方が多く、しかもカメラを覗きながら返事をしていれば、さすがに相手もこちらが話題に興味がないのだと悟る。
 「ものみの塔ってご存じですか」。ついに相手は目的を明らかにした。「ああ、知っていますよ。家にもよく来ますよ。皆さん熱心ですね。感心しますよ」
 これでジ・エンドだ。これ以上話してもダメだと思い、ご婦人達は去って行った。

 それにしても熱心な人達である。公園で見ず知らずの相手にいきなり話しかけてくるのだからそれなりの勇気もいるだろうし、相手を立ち止まらせ話を聞かせる話法も必要になる。キャッチセールスと似ていると言えば怒られそうだが、飛び込み営業と基本は同じだ。
 しかも、彼女達のセールストークは模範的でもある。営業成績が上がらない人達には学ばせたいぐらいだ。そうすれば会社の営業成績は間違いなくアップするに違いない。
 彼女達と別れた後、そんな妄想をしていた。神の名の下に仕事経験もない人を「営業」の達人へと変身させる宗教は素晴らしくもあるが、一歩間違えばオウム真理教のようにもなる怖さも内包している。信心と狂信は紙一重ということか。



FUJIFILMMALL(フジフイルムモール)

視聴率の罠とメディアの罪

2014-03-20 10:30:57 | 視点
騒動の理由がよく分からない

 なにかよく分からない騒動だった。全聾と言われていた作曲家、佐村河内守氏の曲に関する一連の騒動のことである。
 よく分からないのは騒動の背景と、メディアの取り上げ方である。メディアが問題視している点がピンと来ず、最初の時点では何が問題なのかが全くと言っていい程分からなかった。
 また自らが佐村河内氏のゴーストライターだったと明かした新垣隆氏の会見を聞いても何を問題にし、何を告発しているのかがいまひとつピンとこなかった。

 例えばゴーストライターの存在。これはどの業界でもあることだし、タレント本や芸能人の自伝などは多くがゴーストライターの手によるものだということはよく知られている。
 なかには自著の出版記念会見の時に「まだ読んでないからどういうことが書いてあるのか知らない」と悪びれもせず公然と言ってのけた有名な映画俳優(故人)もいたし、自著のほとんどがゴーストライターの手によるものという有名な評論家もいた。
 こうしたことは出版界に限らず多くの創作活動の中で、昔からよくある話で、レオナルド・ダ・ヴィンチやレンブラントの絵でも指摘されているし、工房やプロダクションを作り、分業・協業で作っているものも、ある部分では似ている。
 つまりゴーストライターの手によるものを自らの名前で世に出したのは間違いとは必ずしも言えないわけで、その点を捕らえて問題視するのは少し無理があるだろう。

 もし問題視することができるとすれば、本人の意志に反してゴーストライターにさせられた場合だ。この場合は相手を詐欺罪で訴え、著作権を主張できる。ところが、新垣隆氏は「著作権は放棄したい」「佐村河内氏との共作」と考えていると言っているから、意に反してゴーストライターの立場に甘んじていたわけではなさそうだ。それも18年という長期に渡っているわけだから。

 では、何が問題なのか。

      (中 略)

週刊誌的になった新聞

 視聴者はドラマを好む。他人の不幸は蜜の味と言われるように、幸せな物語より不幸な物語を好む。さらに好まれるのは不幸な運命を乗り越えて成功する物語である。

 作り手の側はそんな視聴者を常に意識しながらドラマ(映像に限らず)を作っている。単純な対決より、ありえない対決、簡単に決着が付くものより決着が付き難い対決、五体満足な人間より、障害を持ちながらそれを乗り越えて行く物語を作ろうとする傾向がある。その方が視聴者が感情移入しやすく、視聴者の共感を呼ぶ(視聴率を稼げる)からだ。
 しかし、そんな物語がどこにでも、いくらでも転がっているわけではない。それならばと少しばかりの脚色、演出を加えて感動物語を作ろうと

      (中 略)


ジャーナリズムは死んだ

 とはいえ、にじり寄っていくのは娯楽番組の方で、ドキュメント、報道制作側にはまだ多少なりとも矜持があった。少なくとも比較的最近までは。ところが今回、ドキュメント、報道制作側が結果的に演出に手を貸した(染めたとまでは言わないが)のだから、メディアにとっては一大事のはず。にもかかわらずメディア側の危機感が非常に希薄

      (中 略)

ジャーナリズムの復権を

 美談は往々にして作り上げられるし、神がかり的な話ほど人は信じやすい。
最初はあり得ないとばかにし、
二度目は半信半疑になり、
三度聞くと信じてしまう。

      (以下 略)



 ☆全文は「まぐまぐ」の下記ページで
  http://archive.mag2.com/0000138716/20140224122804000.html

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デル株式会社

「ゲンパツ」は即停止にしたい。

2014-03-18 18:10:15 | 視点
 このところ私の頭の中を占めている問題が2つある。1つは「ゲンパツ」。もう1は弟の容態だ。ともに年明けから急変してきた点が共通している。
 若い頃は「ゲンパツ」など考えたことも、気にかけたこともなかった。それがどうだ。歳とともに「ゲンパツ」が気になりだしたではないか。といっても、この10年程だが、その間に少しずつ「ゲンパツ」が進み、いまでは誰の目にもはっきりと分かるようになった。
 もはや隠しようがない。かといってよその傘に頼ったり、木を植えてごまかすようなことをして「ゲンパツ」を隠したいとは思わない。第一、そんな方法は結構金がかかる。
 いや、正直に言うと、まだ足掻いている。できることなら「ゲンパツ」を即止めたい。せめて小泉元首相のようになりたい。それがかなわぬとしても、脱「ゲンパツ」は堅持したいと考えている。
 親父は40歳前後から「ゲンパツ」推進派だった。弟は親父に似たのか50歳前後から徐々に「ゲンパツ」推進派になり、いまでは完全「ゲンパツ」推進派になっている。

 私は頑として「ゲンパツ」反対だ。ところが、そんな私に弟が言い放った。「いまはそんなことを言っているけど、間違いなく兄貴もそうなる。お祖父さんも叔父さんも若い頃から「ゲンパツ」派だった。家系だ。今は偉そうなことを言っているけど、兄貴もそのうち立派になるよ」と。
 冗談じゃない。絶対「ゲンパツ」反対。負けてたまるか。断固反対を貫くぞ。そう固く決心して朝晩手入れに余念がなければいいのだが、元々が面倒くさがり屋の日和見主義者ときているものだから、ついつい手入れを怠る。かくして少しずつ「ゲンパツ」の兆候が表れてきた。
 まずい。このままだと隠れ「ゲンパツ」推進派とバレてしまう。それならいっそのこと、木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中というから、森とはいかないが林ぐらいの周囲の木の中に隠れようとしたけど、高さを揃えなければ逆に目立ってしまう。
 そこで妻の他界をきっかけに得度したと言い訳して坊主頭に。といっても剃髪するまでの根性はなく、せいぜい短髪にした程度だが、それで「ゲンパツ」推進派への転向を懺悔した。

 これでなんとか丸く収まると思ったのは大いなる勘違いで、年明けから一気に、容赦なく「ゲンパツ」が進んだからたまらない。センパツした翌朝にも脱退者が相次ぐ有り様だ。育毛剤を振り掛けマッサージして、脱毛するようではもう止められないかも。
 それでも私は即時「ゲンパツ(減髪)」停止、脱「ゲンパツ(減髪)」を唱えたい。絶対、「ゲンパツ(減髪)」ハンタ~イ!

 あ~、こんなことで頭を悩ますものだから、ますます減髪が進む。



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商店街や小店舗の大きな武器になるポイントカード「ココカ」開発について聞く。

2014-03-09 21:40:28 | 視点
 最もメリットがあるのは自店単独カードの発行である。
しかし、自社グループで複数店舗を所有しているならいいが、1、2店舗しかない場合はカードの発行経費やポイント管理などの負担が大きいというデメリットがある。

 実際、ポイントカードの有効性は認めながらも発行コストを天秤にかけた場合、メリットが少ないから単独カードの発行に踏み切れないという店は多い。特に商店街や小店舗でこうした声をよく耳にする。

 逆に言えば、低コストで自店の単独ポイントカードが発行でき、ポイント管理等々が楽にできるならポイントカードを発行したいということだ。

 そんなうまい話があればどこでも導入している。それがないから、日々知恵を絞り、努力し、コツコツと地道な改善を積み重ねるしかないし、そうした先に光(顧客増、売り上げ増)が見えるものだ。そう思っていた。

 ところが、カード発行が非常に低コストで、簡単にでき、なおかつポイントの管理も楽で、リアルタイムで顧客に情報も送れるカードが最近、開発されていた。
開発元は株式会社レセプター(福岡県北九州市小倉北区京町3-14-11、五十鈴ビル207号)である。

 そこで同社の社長、平田教光氏に同社が開発したポイントカードシステムについて根掘り葉掘り尋ねてみた。

◆商店街の要望に応えて開発

 --まず、開発のきっかけからお聞きしたい。

 平田 実は2004年から早稲田大学環境総合研究センターが北九州市の環境行動促進ポイントシステムの企画運営に参加したのがスタートです。

簡単に言うとエコポイントの管理システムです。
以前から早稲田大学と共同でシステム開発をしていたので、北九州市の件でもレセプターがシステムを開発するようになったわけです。

        (以 下 略)



 ☆全文は「まぐまぐ」の下記ページで
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