以下の文章は7月3日付で「まぐまぐ」内の「栗野的視点」から
「暗闇は抜き足差し足でやって来る。」と題して配信したものである。
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今年の7月1日はいつもの年とはほんの少し違う。1日が1秒だけ長くなる「うるう秒」が実施されたのだ。なんだたったの1秒か。そう思うかもしれないが、ほとんどすべてが電子化されている現代では1秒の狂いは世界を揺るがすほどの大問題にさえなる。
ところで、この1秒の狂いはどう調整するのだろうか。1日の長さは地球の自転をもとに決められているのは周知の事実だが、地球の自転は厳密に言えば一定ではない。様々な要因が加わり揺らいでいる。その揺らぎ時間差が1秒に達しそうな時に「うるう秒」を挿入して調整しているわけで、今年がその年に当たった。前回の修正は3年前。といっても「うるう年」のように4年に一度とか3年に一度と決まっているわけではない。
「うるう秒」といっても日常生活で私達が1秒の狂いを意識することはまずないだろう。しかし、それが積み重なって1日、1週間もずれた時は誰でも気づくはず。だが、その時はすでに遅しで、1秒の修正ならまだ比較的楽でも、1日の誤差を修正するのはかなり厄介。ましてや1週間もずれた日にはもう修正すらできず、元に戻せないだろう。
「茹でガエル現象」ではないが、急に温度が上がればカエルならずとも熱いとすぐ気づき退避行動をとれる。しかし、少しずつ緩やかに水温が上がっていくと熱湯になるまで気づきにくい。また、気づいた時はすでに時遅しで、大やけどをおい、悪くすれば死ぬこともある。
そうならないためにはどうすればいいのか。小さな変化も見逃さず、早い段階で正していく以外にないだろう。
さて今回、作家の百田尚樹氏を講師に招いた、自民党議員の勉強会「文化芸術懇話会」での発言が問題になっているが、これにはさすがに各マスコミも看過できないと見て、猛批判の論陣を張っている。
安保法案を批判する報道に関し「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番だ。われわれ政治家には言えない。ましてや安倍晋三首相は言えないが、文化人、民間人が経団連に働き掛けてほしい」
「青年会議所の理事長のときにマスコミをたたいてみた。日本全体でやらないといけないことだが、広告料収入、テレビの提供スポンサーにならないことが一番こたえるということが分かった。経団連も商工会も「子どもたちに悪影響を与えている番組ワースト10」とかを発表して、それに(広告を)出している企業を列挙すればいい」などと出席者から意見が出、それに答える形で百田氏も次のように述べている。
「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」
「騒音がうるさいのは分かるが、選んで住んだのは誰なのかと言いたくなる」
「沖縄に住む米兵が犯したよりも、沖縄県民自身が起こしたレイプ犯罪の方が、はるかに率が高い」
これでは沖縄県民が怒らない方が不思議だが、さらに後日談まである。
「私が本当につぶれてほしいと思っているのは、朝日新聞と毎日新聞と東京新聞です」とツイートしたのだ。
「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくすのが一番」と言った自民党議員は党から厳重注意処分を受けた翌日にも同じ趣旨の発言を繰り返している。
こうした発言を耳にして既視感を覚えた人は多いだろう。私もその一人だが、日本が大東亜戦争に突き進んでいった時、軍部はまずメディアに圧力をかけ、検閲し、規制を強化していった。
一方のメディア側はといえば、発行禁止になるよりはという意識も働き、自主規制を行うようになり、やがて軍部の発表を鵜呑みにして発表するだけの広報に成り下がっていった。その結果、国民は事実を知らされず、それまでの情報が嘘だったと分かったのは戦争に負けた後だった。
それと同じことがいま静かに進行している。今回の百田氏や一部自民党議員の発言のことだけを言っているのではない。彼らの発言はあまりにも低次元過ぎ、さすがの自民党内でも彼らの意見に賛同する人はそう多くないだろう。自民党内でも長老と呼ばれる、戦争経験者達が真っ先に反対するはずだ。ただし、彼らの多くはすでに政界から引退したか1線を退いているため、この党の行く末に若干の危惧は残るが。
それでも正面から挑んで来る相手は分かりやすいが、厄介なのは背後から抜き足差し足で静かに忍び寄ってくる相手だ。そして、卑怯なのは満面に笑みを浮かべながら近づいてきて、いきなり不意打ちを食らわす相手だろう。
いま、この国が直面しているのは正面からではなく、背後から抜き足差し足で忍び寄り、いきなり背中を蹴られようとしているのに、その危機感がメディアを始め、この国の民にないことだ。あまりにもノー天気というか、ヨーロッパでは考えられないことだろう。一度それで苦い思いをしているというのに、メディアは自粛、自己規制という同じ過ちを犯しつつある。
安倍政権になってから、特に昨年12月の衆議院選前からメディアに対する「圧力」が露骨になりだした。まず、選挙報道で「公平中立」を求める文書を主だったメディアに出したのだ。
政権与党がメディアにこうした文書を出すということ自体が異常である。受け取ったメディア側が、これを「圧力(恫喝とまでは言わないが)」と感じるのは当然で、選挙前の与党批判を控えるという自主規制が行われる。最も敏感に反応したのはNHKで、政権与党の自民党に対する批判めいた報道はほとんどしなくなった。
目の敵にされたのが朝日新聞系列。たしかに慰安婦問題に関する誤報(慰安婦問題に関する吉田清治氏の虚偽証言を見抜けず報道し、その後、同氏証言が虚偽だと判明)、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(事故調)が福島第一原子力発電所・吉田昌郎所長を聴取した記録(「吉田調書」)の誤報(「第一原発にいた所員の9割が所長命令に違反して撤退した」と報じたが、「命令違反」というべきものではなかったし、「撤退」も現場からの完全撤退ではなく、近くの場所への「移動」だったが、見出し等でかなりセンセーショナルに扱った)、さらにはテレビ朝日でコメンテーターの古賀氏による政府の「圧力」発言などが相次ぎ、ここぞとばかりに政権側から叩かれた。
ここまで圧力をかけられれば自主規制がより働くのは明らかで、テレビ朝日はキャスターのみならずコメンテーターの発言までが妙に軟らかくなってしまった。
これで地ならしが終わった。第2弾は安全保障関連法案だ。ところが、衆院憲法審査会で意見を述べた参考人が、自民党推薦の参考人も含め「憲法違反」と主張すると、「『憲法違反』と言う人を呼んでくるのが間違い」(二階俊博総務会長)「憲法の番人は最高裁であり、憲法学者ではない」(高村正彦副総裁)「会の運営として(人選を)よく考えるべきではないか」と一斉に反発。
開いた口が塞がらないというか、馬脚を現したというか、国会で参考人として意見を述べるのは政権にとって都合がいい人間でなければならず、反対意見などは聞かないと言っているわけだ。
ここまで政権与党が露骨になった例はないと思うが、こうした風潮は国会だけに留まらず地方自治体の首長も同じ。というか、もっと独裁的な色彩を濃くしている。自らに批判的なメディアの取材を拒否する態度に出ているのは橋下大阪市長や兵庫県西宮市の今村岳司市長だけではない。
自民党議員の勉強会「文化芸術懇話会」での百田氏や「マスコミを懲らしめるには」発言の大西氏などの例は、こうした延長線上にある。
日暮れはゆっくりやって来るが、暮れだすと速い。気がついた時には辺りは闇一色に覆われていた。そうならないように。また、そうしてはならない。
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