「桜の写真を撮って、あちこちに行かれてるんですか」
「はい、ここに来る前は佐用町にカタクリの花を撮りに行ってました」
「カタクリ? カタカゴか。もののふの八十娘子(やそおとめ)らが汲み乱(まが)ふ寺井の上の堅香子の花、か」
「堅香子(かたかご)」はカタクリの古語で、万葉集に上記の歌が見られる。詠み人は大伴家持。
この歌を知っている人はよほど歴史かカタクリに詳しい人だろう。
「この近くにも咲いていますよ」
続いてそう言われた時にはさらに驚き、思わず雀躍した。
大原地区にカタクリの自生地があるという話はついぞ聞いたことがなかったからだ。
「あなたが言っているのはそこのコウテイに咲いている花のことでしょ」と横に座っていた女性。
えっ、コウテイ? それはどの辺りのことなのか。
近くだと言っていたから、いずれにしてもそう遠くない場所に違いない。
隣の鳥取県かなどと期待に胸膨らませながら思いを巡らす。
「見に行きますか? 案内しますよ」
「ダメよ。あなたが言っているのは花壇に咲いている花だもん。この方が見たいのは山に咲いている花なんだから」
えっ、花壇? コウテイって、まさか校庭?
もしそうなら他の花をカタクリの花と勘違いしたに違いない。
カタクリは他の場所に移植して簡単に咲くような花ではない。
せっかく喜んだけど糠喜びかと今度は落胆。
これはグズグズせずに津山市まで行き、「畝の桜」の場所を探そう。
そう考えていると「さあ行きましょうか」と、先ほどの男性が立ち上がった。
この男性も私同様、いや私以上にお節介焼きと見える。
せっかくそこまで言ってもらっているのを断るのも気が引けるので、好意に甘えることにした。
最初に向かったのは市役所大原総合支所。
そこの前庭にカタクリが可憐な花をたしかに咲かせていた。
花の数は12,13本。よく咲かせたものだと感心する。
「ここは元小学校跡で、この場所に昔、二宮金次郎の銅像があったんですよ」と説明してくれたが、この男性、最初「この辺の人間ではない」と言っていたのに、この辺のことに随分詳しい。
乗っている車は大阪ナンバーだったから、地の人間ではなさそうだ。
職業を尋ねると「お医者さんだった」と言う。
大阪の方で眼科の医者だったが辞めて、生まれ故郷に帰って来、週何日か市立総合病院でアルバイトをしているとのこと。
この後、近くの志戸坂峠の桜並木がきれいだから、そこも案内すると言われ、いや、もう結構ですとも言えず、さらに好意に甘えることに。
たしかに桜並木はきれいだったが、私が撮りたい桜の写真のイメージとは少し違っていた。
「では、私はここで撮影をしますから」と、色々案内してもらったお礼を言い、そこで別れたのだが、30分程後に再び会うことに。
話をしているうちに相手への興味関心が高まったこともあるが、それよりなにより彼の家族が始めた椎茸栽培会社に興味があったから、桜の撮影はそこそこに切り上げ、帰りに椎茸栽培会社、株式会社ムサシ農園(岡山県美作市古町1365)にもう一度寄ることにした。