栗野的視点(Kurino's viewpoint)

中小企業の活性化をテーマに講演・取材・執筆を続けている栗野 良の経営・流通・社会・ベンチャー評論。

色づくモミジ

2022-11-10 23:03:07 | 視点

 各地でモミジが色づき始めた。

真っ赤に染まったモミジもいいが

緑色から黄色、紅色へと変化する過程のモミジを見るのも楽しい。

 

 撮影場所:山口県長門市・大寧寺


南島原市でキリシタン墓碑を探し歩いた結果

2022-11-04 06:28:55 | 視点

 島原市で1泊した翌日、車で原城跡へ向かう途中、南島原市の地図に

「キリシタン墓碑」と記された箇所が何か所か目に付いたので、1、2か所に

寄って行こうと考え、国道からあまり離れていない所に寄ってみることにした。

小川(こがわ)キリシタン墓碑と有家セミナリヨ跡で、南島原市の地図に明記されている

くらいだからすぐ行けるだろうと思ったが、これが大違いで大変な目(?)に遭った。

地図を見ても国道から入る箇所がよく分からなかったので、取り敢えず車を南島原市役所に止めた。

その日は土曜日で役所は休み。尋ねようと思っても庁舎は閉まっている。

と、たまたま庁舎の駐車場に入ってきた人が目に付いたので、南島原市の地図を片手に車から降り

急ぎ呼び止めて尋ねた。

「済みません。この近くにキリシタン墓碑があると思うんですが、どう行けばいいでしょうか」

「キリシタン墓碑? あちこちにあるにはあるが・・・」

持っている地図を見せながら、「ここに小川(こがわ)キリシタン墓碑とあるでしょう。

これが近くだと思うんですが」

「ああ、小川キリシタン墓碑ね。たしかあの辺りに案内板が出ていたね。でも車では行けないかも」

どうやらそこに行くには道が狭いし、入り組んでいるから車は難しいと言う。

因みに歩けばどれくらいかと尋ねると15分ぐらいだとのこと。

それなら歩いて行きます、と返事し、教えられた方角に向かった。

まず最初に見つけたのが上の写真の「有家セミナリヨ跡」。

これは国道沿いだったのですぐ分かったが、想像と異なりあまりにもこじんまりとしていた。

セミナリヨとはキリシタン神学校のことだから学校跡。

なのにあるのは4柱の石塔のみ。

石塔に刻まれた花飾り十字がわずかに見て取れ、それがこの石塔がキリシタンのものだと教えてくれている。

 国道を挟んで有家セミナリヨ跡の向かい側に「小川キリシタン墓碑はこの先」という案内が建っていたので、

矢印が示す方向に歩いて行くと、途中の道角などに案内があり、それに導かれながら歩いて行った。

ところが、「この先」と記された案内を最後にプッツリ消えた。

普通なら、ここが小川キリシタン墓碑と記された案内板があるはずだが、それが見当たらない。

だから、さらに歩いて行くが、いくら周囲を探し歩いても案内板はどこにも建ってない。

まるで狐につままれたように突然消えたから参った。

歩く範囲を広げウロウロしているうちに目に付いたのが海岸沿いに一列に並んだ石塔。

海の向こうを見るように一列に並び、逆光で光を背にして浮かぶ影はどこか神秘的にさえ見えたし

石塔の上に十字架めいたものも見えたから、これこそキリシタン墓碑。

さすが地図に載せるだけのことはあると喜び、その時までに歩き疲れていた足を急がせた。

海岸まで歩き海側から見て、ん? 違うかも、と思った。それはどう見ても仏式の墓地だったからだ。

墓石を丹念に見ても十字架はどこにも刻まれてなく、読めるのは仏式の戒名。

直ぐ側にお寺があったから、どうやらその寺の墓地らしい。

では、キリシタン墓碑はどこにあるのか。

 これも遠目にはキリシタンの墓石かと思ったが、近付いてよく見ると恵比須様を祀ったもの。

すぐ側が海だから豊漁を願う漁師達が建てたものだろう。

 

 もうこの周辺だけで40分余りも歩き回っている。歩き疲れたし原城跡に着く時間も遅れるから

引き返そうとした時、運よく民家に人影を見、「すみませ~ん」と声を掛け

「この辺りに小川キリシタン墓碑があると思うんですが、場所が分からなくて」と尋ねる。

「たしか個人のお宅の庭の中で、分かりにくいと思いますけど、ちょっと開放されたようにはなっています。

それにしても訪ねて来られた人は今までいなかった。あなたたちはキリスト関係ですか」

いやいや、そうではありませんよ。たまたま南島原市の地図に載っていたから来てみただけです。

話しぶりからどうもご自分の目で確認したことはないようだった。

そういえば最初に道を教えてもらった人も案内板は見るが、実物は見たことがないと言っていた。

それを外部の人間が訪ねていくのだから余程の好き者と思われたに違いない。

 結局、場所は最後の案内板が建っていたすぐ近くの角の家の庭で、もしかするとここかもと考え、見た所だった。

ただ、そこにあったのは写真の不動明王像。

いくらなんでも不動明王とキリシタンは関係ないだろうと通り過ぎたが、話から判断してその場所しかない。

地元の人すらよく知らない場所で、案内板もそこに建ってないということは家主がキリスト教とは関係がなく、

人が訪れるのを極端に嫌い、恐らくかつては存在したであろう案内板も撤去したのではないかと想像される。

それなら市の地図に明記するのはやめて欲しいものだ。

地図に描かれてなければ、ここまで探し回ることもなかった。

南島原市の不親切な対応が少々腹立たしかった。