栗野的視点(Kurino's viewpoint)

中小企業の活性化をテーマに講演・取材・執筆を続けている栗野 良の経営・流通・社会・ベンチャー評論。

アメリカ型医療に走る歯科~治療中しきりに営業をする

2014-05-26 09:42:06 | 視点
 TPP交渉は農業問題ばかりが注目されているが、医療分野では自由化を先取りする動きが確実に進んでいる。
自由診療の拡大・増加であり、目先に敏い医療機関はアメリカを見習いアメリカ型の医療をどんどん取り入れている。
 なかでも構造不況業種と言われる歯科ではその動きが顕著で、ここでも二極化が行われている。
研究熱心な診療所は最先端技術の習得に余念がなく、儲ける医療へと突き進んでいる。
一方、旧態依然とした診療所は若年層の減少による患者数の減少で経営危機に陥り、廃業、開店休業同然の診療所が増えているのだ。
 しかし、儲けている診療所、患者数が多い診療所が患者本位の治療を行うかといえば、必ずしもそうとはいえない。

 実は、最近歯科へ行った。3年ぶりの歯科で、どこへ行くか迷ったが、とりあえず以前に治療した福岡市南区井尻の歯科へ行くことにした。
迷った理由は、その歯科が治療しながら遠回しに営業をするのが嫌になっていたからだ。
「インプラントは嫌だと言われるから」
「これ以上悪くなるとインプラントしかないですよ」
 などと、治療をしながら話しかけてくるのだからたまらない。
そこまでインプラントを勧める理由は従来型の入れ歯治療より儲かるからである。
従来型の入れ歯治療の場合は保険診療になるが、インプラントは保険適用外治療で、治療費はいわば自由に設定できる。
その分利益額も利益率も高いから、歯科にとっては「おいしい治療」だ。
 一方、患者の方もインプラントを夢の治療のように広告等で信じこまされている部分があり、従来型治療でも可能なものまでインプラントにしがちな傾向がある。

 私がインプラントを拒否する理由は後述するとして、3年ぶりにその歯科へ行った時、ある種の予感を感じた。
医師数は8人。歯科衛生士などを含む総スタッフ数は30数人。歯科には珍しく大世帯である。
これだけの人員を抱えると少々流行っていても経営はそう楽ではないだろう。
いきおい利益額、利益率のいい治療に走らざるをえないだろうとは容易に想像がつく。

 この診療所は従来から予防歯科に力を入れていたが、その傾向が一層進み、なによりも口内の精密検査、予防治療を優先するようになっていた。
そのためには口内の写真撮影、レントゲン撮影がばんばん行われ、唾液検査もするという。
 こうしたこと自体は悪いことではない。
ただ、そのためには余分な費用がかかるということだ。
だが事前にそうした説明はなし。
当然、患者に了解を取るわけでもない。
早い話がこれらはオプションメニューではなく、最初から組み込まれた、選択の余地がないメニューなのだ。

 この歯科、以前はこんな感じではなかった。
3年前、院長の息子がアメリカ留学から帰国したことも関係しているのか、最新スタイルが好きなのか、研究熱心なのかよく分からないが、設備投資をすれば、その分余分に稼がなければペイできないというのはどの業種、どの分野でも同じだ。
 そのための方法は数をこなすか、1人当りの単価を上げるしかない。
要は医は算術の側面が強くなるということだ。

 さて、私がインプラントを拒否する理由である。
以下は同歯科での歯科衛生士との会話
「なぜインプラントを拒否するんですか」
「まだ技術が確定されてないから」
「え~、インプラントの歴史ってどれくらいあると思われているんですか。アメリカでは(以下略)」
 ここで私が言っているのはインプラントが登場してからの歴史でもなければ、アメリカでの施術でもない。
この歯科がインプラント治療を何年行っているか、どの医師が何例行ったかということで、まだその数が不安だからしないということなのだ。

 第一、勧める以上はメリットと同時にデメリット(リスク)の説明もきちんとすべきである。
リスクの説明をせず、メリットばかり強調する話は必ずといっていい程危険である。







患者に寄り添うホスピス医療

2014-05-22 10:08:58 | 視点
 人生の最後をどこで、どのように迎えるかは大きな問題である。特に癌患者にとっては。
誰もが自宅で迎えたいと思うに違いないが、それが叶わないならせめて最期を迎えるまで穏やかに過ごしたい。
そう願うから終末医療としてホスピスを選ぶ人も増えている。私の妻もそうだったし、弟もそうだった。

 ホスピスに入院したいと言うと表立って反対はしないものの「あそこでは治療は何もしませんよ」というニュアンスの言い方をする医師がいまだいるのも事実だ。
早い話が、ホスピスは死を待つだけの場所だと言いたいわけだ。
医療とは病気との闘いだという考えに立てば、そうかもしれない。
 弟も手術をした総合病院で「闘って下さいよ」と言われた。
闘うとは、抗癌剤や放射線治療などを駆使し、癌細胞を攻撃することである。
相手(癌細胞)が強ければ強いほど戦闘は激しくなる。
戦線が拡大することもあるだろうし、被害が非戦闘員(癌細胞以外)に及ぶこともあるだろう。
被害は敵味方双方に及び、戦場(体内)は焼け野原の様相を呈するかもしれない。
それでも戦いに勝つ道を選ぶ人もいるが、別の道を選ぼうとする人もいる。

 例えば弟は抗癌剤の副作用により日常生活に支障が出るより、癌による痛みをコントロールしながら、残りの人生をできるだけ普通に過ごしたいと考えた。
実際この方法はうまくいき、好きなゴルフを楽しんだり、家族と国内外旅行に行ったりと、一見癌患者とは思えない生活を送っていた。

 それでも癌が膵臓から肝臓、リンパ節に転移し、再手術も難しいと言われると、最期はホスピスで迎えることを選択。
それまで入院していた総合病院の看護師の対応が悪く、イライラしていたこともあり、「入院していてストレスが溜まるようなら転院した方がいいだろう」という私の言葉を聞くとすぐホスピスに転院したのだった。
「患者に寄り添うかどうかが一般病院と大きく違うところだ」
 ホスピスについて問われ時、私はそう答えた。
それは私自身の実感だったからだ。
少なくとも点滴注射を何度も失敗し、シーツが血で赤く染まった後や、コールしてもなかなか来ない看護師、木で鼻をくくるとまでは言わないが、素っ気ない態度での接し方を実際に見聞きすると、少なくともこの総合病院からは移った方がいいと思えた。

 転院したホスピスは神戸アドベンチスト病院。
「地獄から天国に来た」
転院直後、弟はそう言って喜んでいたが、ここまで患者に寄り添い、患者の心を穏やかにできるものかと私も驚いた。
 病室には弟のお気に入りの持ち物や家族の写真、看護師達と屋上で写した写真などが飾られており、病室というよりは自宅の1室というイメージになっていた。
こうしたところにも患者の心を和らげようという配慮が見られた。
 看護師達はやさしく、「白衣の天使」という言葉はこういう人達のためにあるのだろうと思えた。
感動したのは痛みを和らげるためか足の疲れを取るためか、弟が頼むと足の裏を手で揉んでくれたことだ。
それも一人ではなく他の看護師も同じように毎日揉んでくれているようだが、仕事の義務感でできることではないだろう。

 医療の目的は人を健康にすることであり、対処療法的な治療ではなかったはずだが、近代医療は専門化、細分化、高度化の歴史であり、植物状態であろうとも生かし続ける(死なせない)ことが目的になっている。
そこには人の生や死に対する尊厳さはなく、患者は肉体的な治療の対象でしかない。
 人は物(物質)ではない。
生も死もその人の歴史であり、肉体は精神(魂)を切り離して存在しているわけではない。
精神(魂)の救済なき肉体的な治療は真の治療とは言えないだろう。
にもかかわらず近代医療はますます肉体の治療のみに邁進し、心身ともに治療するという医療本来の目的とかけ離れつつある。

 こうした考え方に異を唱える動きがまだまだ少数ではあるが存在している。
ホスピスの考え方もその一つではないかと思う。
 例えば神戸アドベンチスト病院は「心と体の調和のとれた医療、すなわち、単なる身体的な癒しだけでなく、心や魂(たましい)の痛みに触れる医療を提供する」と理念で謳っている。

 ところで、ホスピスの多くはキリスト教系である。
なぜキリスト教系が中心で、それ以外の宗教、例えば仏教系はないのか。
そのことに疑問を感じていた。
 宗教の究極の目的は魂の救済である。
葬儀を執り行うことでも、金儲けのために各種事業を行うことでもないはず。
にもかかわらず、寺と僧侶が力を入れているのは墓地や幼稚園、駐車場等々の経営のように見える。
同じ宗教でこの違いはなんだ、と常々思っていたので、今回調べてみた。
 すると、仏教系ホスピスも少数ながらあった。
「ビハーラ病棟」というのがそれだが、歴史はまだ新しい。



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赤ひげから銭ゲバまで、医師の世界も色々 ~ 医局が絶対的な権力を握る世界

2014-05-21 10:21:35 | 視点
◆異動は医局の指示

 では、こうした動きが広がるかといえば、そうでもなさそうだ。
医師の世界で絶対的な力を持っているのは教授を頂点としたピラミッド組織になっている医局で、所属医師は医局の指示に従わなければならないからだ。
そしてほぼすべての医師が自分の出身大学の医局に所属している。
実はこのことが分かったのは検査に行った病院の医師から転勤すると告げられたからだ。

 私的なことだが、この数か月医療機関で検査を繰り返している。
体重がこの1年で5kgも減少。しかも年明け以降だけで3kg痩せた。食事は普通以上に摂っているにもかかわらず、体重が元に戻るどころか、その後も緩やかに減少を続けているのが気味悪く、掛かり付けのホームドクターのところで診察してもらい、さらに大病院でCTその他の検査をしたが、原因の特定に至っていないから困る。
 減量をしているわけではないのに1年で5kgも体重が落ちると、真っ先に疑うのは不規則な食事による栄養の偏りか癌だが、食事は3食規則正しく摂っており、検査の結果栄養の偏りもなし。
 となると癌しかない。
というわけで胃カメラと膵臓のCT検査。膵臓は1年前に嚢胞が見つかっており、妻も弟も膵臓癌だったので、医師から1年に1回CT検査を必ず受けるようにと言われていた。
 そこで胃カメラ検査とCT検査を同じ日に受けたのだが、偶然ということはあるもので、1年前に胃カメラ検査をしてくれた医師が、今回は内科の主治医になっていた。
 最初は互いにそのことに気付かなかったが、私は検査室で「昨年検査をしてくれた先生は上手だったね。今日もあの先生かな」と看護師に尋ねたことで、医師はカルテからこの偶然に気付き、それをきっかけに親近感が生まれた。そして互いに少し口が軽くなり、本来の医療とは直接関係ない話まで交わしてしまったのだった。

「私は3月一杯で退職しますから」
 検査結果の説明を受けた後、突然、医師がそう告げた。
 退職と聞き開業するのかとも思ったが、まだ30代半ば。開業には少し早いだろうと思い「よそへ移られるのですか」と尋ねてみた。
「B病院に行きます」
「B病院も九大(九州大学)系ですか」
「そうです。ここは最初から2年と言われて来ましたけど、いままで1年で転勤したこともありますから」
「転勤先は自分で選べるんですか」
「大学(医局)の指示ですよ。私らは言いなりです。家族は転勤が大変だと言っていますよ」
「異動すると給与はどうなんですか。変わらないんですか、それとも異動先の病院によって変わるんですか」
「病院によって変わります」
「ということは、下がることもあるわけですか」
「ありますよ」

 なるほど、勤務医には勤務医の苦労があるのだ。
それにしても医局の存在は知っていたが、ここまで医局が力を持ち、医師の生殺与奪権を持っているとは知らなかった。
ただ、権力構造の側面だけでなく、地方医療が崩壊せずに済んでいるのは所属している医局が地方に若手医師を派遣してくれるからでもあるが。
 近年、日本社会の崩壊を見聞きすることが増えているが、一つには欧米、というよりアメリカ社会の表面的な模倣と技術信仰のなせる結果ではないだろうか。
人間教育や哲学を疎かにしたまま細分化された専門性に突き進むから、人も社会も歪になっていく。



NEC Direct(NECダイレクト)

赤ひげから銭ゲバまで、医師の世界も色々 ~ 地方勤務を希望する医師

2014-05-20 12:04:35 | 視点
 「人生いろいろ」と歌ったのは島倉千代子だが、「人生いろいろ 、会社もいろいろ、社員もいろいろ」と嘯いたのは小泉元首相。まあ、どの世界、どの業界も色々。人も組織も変わる。ただ、変化にも色々あり、変質というといい方に変わるというイメージより逆の方が強いが。
 医師の世界も色々で、医は仁術なのか算術なのか。どちらかに偏りすぎても難しい。バランスが大事ということだろうが、やはり仁術のウェイトの方を高めて欲しいものだ。

◆地方勤務を希望する医師

 ところで最近は医師の世界も大変らしい。国の医療費削減で、昔のように儲かる職業ではなくなった上、最近は3K職場に分類され成り手も減っているとか。そうなると地方に来る若手医師はますます減り、地方医療は崩壊の危機にある。
 それでも患者はいるから不要な診療科などはない。歯科も眼科も耳鼻科も必要だし、需要はある。
 そこで地方はどうしているかといえば他所からの応援医師、その多くは大学の医学部からの派遣だったり、すでに1戦を退いたような医師の現場復帰だったりするわけだが、そうしてでも地方医療を崩壊させるわけにはいかないから診療所も医師も患者も三者三様にやり繰りしながら頑張っている。

 かといって、地方の診療所が成り立たないわけではない。むしろ診療所の総数が減少した分だけ競合が減り残っている診療所に患者が集まってくるから、人手不足の問題を除けば経営的にはそこそこ成り立っている。
 地方のそんな診療所で見かけた40前と思しき医師と会話していて、パラダイムの変化とまでは言えないだろうが、微かな希望を抱いたのも事実だ。
 その診療所は介護施設と提携していて、母の健康状態などを説明したいから、私が帰省した折に寄って欲しいと言われていたので、先月の帰省時に医師と面談。ところが、こちらの健康相談やよもやま話に身を乗り出すようにして耳を傾けるものだからついつい地方医療に関する話などもしてしまった。

「田舎なのにこの診療所は随分患者さんが多いですね」
「そうなんですよ、ここは医師が3人もいますからね」
「地方でもやり方によってはビジネスが成り立つということですね。地方は医師不足が言われていますが、一つは報酬の問題があるのでは。報酬を上げれば地方に来る先生も増えると思いますが」
「報酬は問題ではないと思いますよ。私は大阪出身ですが総合医療をしたくて、希望してここに来ましたから。そういう医師はいると思います」
 えっ、そんな奇特な医師がいるのか、と思ったが、現在の専門化、細分化された医療ではなく、内科、外科、小児科等全般的に患者の相談にのれる医療を目指したいというのがこの医師の考え方のようであり、まだ「赤ひげ」のような医師もいるのだと感心した。