栗野的視点(Kurino's viewpoint)

中小企業の活性化をテーマに講演・取材・執筆を続けている栗野 良の経営・流通・社会・ベンチャー評論。

勝利の方程式~「農村」戦略で伸びる企業・コメリ

2010-06-29 09:15:41 | 視点
いいポイントを見つけることが勝利への道

 ビジネスは釣りに似ている、とは昔からよく言われる。

魚を釣ろうと思えば、魚がいるところに釣り糸を垂らすべきで、魚がいないところでいくら釣り糸を垂らしても釣れない、と。

魚がいる場所をポイントといい、いかにいいポイントを見つけるかどうかで勝負が決まるというわけだ。

 「魚」を消費者に、「ポイントを見つける」ことをマーケティングという言葉に置き換えればそのままビジネスに通じる。

 販売で苦労している所はマーケティングを軽んじていたり、不十分なことが多い。

 ともあれ多くの企業は消費者がたくさんいる「ポイント」、つまり大都市や都心の消費者を攻めてきたし、いまも攻めようとしている。

それは過去、多くの企業がそのようにして成功してきたからで、これこそ「勝利の方程式」と思われている。

 ところが、この大都市攻略を中心に据えた「勝利の方程式」の逆を行く企業が現れている。しかも、それらの企業が次々に成功を収めていることから、大都市戦略=必勝戦略とは必ずしもいえなくなった。

「勝利の方程式」が変わってきた

 大都市戦略の逆を行き急成長してきたのがイオン、ヤマダ電機、ホームセンターのコメリなどだ。

 これらの企業は消費者が多い都心より、消費者が少ない郊外に出店をしてきた。前述の「勝利の方程式」から見れば、消費者が多い「ポイント」を避け、消費者が少ない郊外に出店しているわけだから、「方程式」の逆を行く「常識破り」の戦略といえる。

 では、なぜ

     (以下略)


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高速バス、福岡線は黒字

2010-06-24 16:21:56 | 視点


 中国自動車道下り線のサービスエリアに入ってきたバスから乗客が次々に降りてくる。
観光バスのトイレ休憩だろうと思ったが、観光バスの乗客にしては少し様子が違った。
広交観光のバスで、行き先には「福岡」と表示されているが、降りてきた人達から受けた印象はグループ旅行ではなく、たまたま同じバスに乗り合わせた人達という感じだった。
そこで乗客の一人に「これは観光バスですか、路線バスですか」と尋ねると、路線バスという返事が返ってきた。

 広島ー福岡間に高速バスが走っていたことを不明にして知らなかったが、それ以上に驚いたのは乗客の多さだった。
その日は土曜日の午後2時頃。
広島から福岡に行く人が多いとは少し意外な気がしたので、バスに近付き、運転手に声を掛け質問してみた。
「乗客が随分多いように見受けましたが、広島、福岡は定期路線ですか」
「1日8往復便しています」
「えー、そんなに本数が多いんですか」
「お客さんも多いですよ。今日は30人乗っていますから。この路線だけは儲かっています」

 週末・祝日は「高速1000円」の影響で、バス会社は軒並み大打撃を受け、次々に長距離路線を廃止したり、便数の削減に動いているが、福岡行きは人気があるらしい。
かつて「札仙広福」といわれたことがあった。
三大都市圏に次ぐ都市として、札幌、仙台、広島、福岡がほぼ同規模都市圏として注目されたのだ。
ただ、その後は「都市の元気度」からも福岡が他3都市を抜いてはいたが。
それにしても思わぬ所で、思わぬ形で福岡の吸引力を知らせることになった。

 たしかに都市としての「福岡」の魅力は増しつつある。
東急ハンズもオープンするし、デパートももう1店増える。
だが、そうしたハードやモノなど物質的なものではなく、地方には地方には面白さがあるし、新しい発見もある。
「地方を旅する面白さ」を写真とともに、ブログ「栗野的風景」の中で時々紹介しているので、そちらも時にご覧頂きたい。

パソコンを捨てる日が来るかも

2010-06-07 14:21:33 | 視点
 パソコンと付き合いだして20数年になるが、いま、そのパソコンで苦労している。
パソコンで文章を書くのが苦痛になり出したのだ。
原因は2つ。

 1つは以前から恐れていた目の問題。
ドライアイのため、まだ液晶ディスプレーが高かった頃にパナソニック製の液晶ディスプレーを13万円で買い、ブラウン管ディスプレーから液晶ディスプレーに替えたのは随分前だ。
 目薬は防腐剤が入ってない、使い捨てタイプのものを常用している。

 パソコンもデスクトップ型からノート型を常用するように、最近替えている。
デスクトップ型は目を上方に向けることが多く、目が乾きやすいからで、その点、目を下方に向けているノート型パソコンは目にやさしいからである。
 それでも目に異常が出た。
数年前から目に刺すような痛みがしばしば走りだしたり、酒を飲み過ぎると、時に景色がまぶしくて何も見えない現象が起こりだした。
失明の恐れを密かに抱いていたが、眼科医で診察してもらっても異常は認められないという診断結果しか返ってこない。症状の原因も分からないといわれてきた。
それでも症状は続き、本人は相変わらず失明の危険性に怯えている。

 それが、1年近く前から急に視力の衰えが見られたので3箇所眼科医院を回ったところ、やっと最後の眼科医院で白内障が出ていると診断された。
そこで秋頃までに手術をと考えている。

 もう1つは左手小指の腱鞘炎。
左手小指が腱鞘炎になったのはもう10年前。
その頃は少し休むと治っていたが、いまでは左手小指、薬指は開かず、ほとんどグーの形のままで、じゃんけんのパーができない。
左手は人差し指と親指だけでキーボードを打っている。
それだけならまだしも、茶碗もコップもうまく持てない。
とにかく左手を使う動作ができないのだ。

 そんなわけでキーボード入力が最近とても苦痛になってきた。
そこで入力方式を打鍵数が多いローマ字入力から、かな入力に替えようと、かなキー配列を覚え始めたが、まだ文字を探しながら打っているので入力に時間がかかりすぎ、まだまだ通常の文章入力は出来ない。
そこでいま考えているのは音声入力方式。

 Window7には音声認識が付いているが、とても使える代物ではなかった。
IBMがViaVoiceという音声認識ソフトを開発していたが、景気の影響か開発・生産中止になっている。
京大が開発したjuliusがフリーソフトで認識率もいいが、このソフトの使い方がよく分からない。
DOSベースではなくWindowsでテキストに起こせる方法をご存じの方がいれば、やり方を是非教えていただきたい。

 かな入力も音声入力もうまくいかなければ、紙とペンに戻るしかなくなる。






iPadは本当に売れているのか。

2010-06-06 00:00:02 | 視点
 「予想を上回る注文」「予約殺到」といった文字が各媒体に踊ったiPad。
しかし、騒いだのはマスメディアだけなのか、それとも一部熱狂的なファンだけなのか、ともあれマスメディアが煽るほどの状況ではなかったのは確かなようだ。
「徹夜組」にしても一部店舗での話で、徹夜で並ぶのはおろか、発売数日後には予約なしでも購入できたと聞き、4日、早速ビックカメラ天神店に行ってみた。
すると入り口に写真のような張り紙が。
 アップルの戦略で販売店を絞り、購入意欲をかき立てたにもかかわらずこれである。
少なくとも前宣伝ほどには売れてないということだ。

 iPadの使用感は様々なメディアが載せているが、いずれも評価はいい。
なかにはパソコンを使うのをやめたと述べている人もいる。
それほど好評ならば、もう少し売れてもいいと思うが、なぜなのか。
 売り場で実機に触っている人はいるが、それでも人だかりが出来ているというほどではない。
 どうもアップルの戦略と、それに乗ったメディアに煽られているという気がしないでもないが、そうでないとすれば、この状況は何だろう。

 考えられる理由は、iPadに興味を持っても実際の購買行動にまで進まない消費者が多かったということだ。
 では、それはなぜなのか。
1.不景気で可処分所得が減少しており、現実的に新たな出費ができない。
 多くの消費者は携帯電話とパソコンを持っており、通信料をさらに増やすことに躊躇している。あるいはもうこれ上の通信料は出せない。
 外出先でいろんなことができるといっても、ネットブックである程度事足りると感じているユーザーが多い。
 実際、そうしたユーザーは100円でネットブックを購入(契約)している人が多く、新に通信契約を結んでまで買おうとは思っていないようだ。

2.大きさ、重量の問題
 これは案外大きな要素ではないか。
ノートパソコンが出たときもそうだったが、米国では問題にならないパソコンの重さ、サイズが日本人には合わなかったように、iPadの大きさは日本人が持ち歩くにはちょっと大きいようだ。
 サイズがもう少し小さくなるか、あるいは2つに折りたためる機種が出ればもっと売れると思うが、現状では見合わせている消費者が多いのではないかと思う。
 重量ももう少し軽くする必要があるだろう。

3.対応ソフトがもっと増えてから買っても遅くないと考えている。

 いずれにしろ日本の消費者は賢くなったというか、物欲が少なくなった若者が増えていることも一因のような気がする。


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鳩山政権で失望した閣僚

2010-06-04 17:17:10 | 視点
 歴代5位と短命に終わった鳩山政権は政権そのものが国民の期待を裏切り失望したこともあるが、内閣を構成する個々の閣僚の中にも失望した人がいる。
 その筆頭はなんといっても最高権力者である内閣総理大臣の鳩山由紀夫氏だが、もともと「宇宙人」という異名を取っていた人でもあり、個人的には期待値が高くはなかった。
だから「期待外れ」という感はあまりない。
まあ、こんなものなのじゃないの、という感じだ。

 期待外れの筆頭は長妻厚生大臣と平野官房長官だろう。
長妻氏は当初、国家戦略担当大臣への就任を鳩山前首相から要請されたが、「自分は年金をやりたいんです」と厚生大臣への就任に固執した。
「ごね得」か「ごね損」か分からないが、結局、厚生大臣へ就任したものの、年金問題以外には大した知識もなかったから、就任直後から官僚に取り込まれ、勉強するのが精一杯で、肝心の年金問題でも大した精かを出すことも出来ず、気が付いたらほとんど目立たなくなっていた。
それと同時に彼からオーラどころか笑顔さえ消えていた。

 平野前官房長官は普天間問題の戦犯と言っていいだろう。
本来、首相を支えなければならない立場だが、逆に鳩山前首相の足を引っ張っただけに終わった。
「誰を信じていいのか分からない」というようなニュアンスの言葉を鳩山前首相が呟いていたが、その中に平野前官房長官が含まれていたのは間違いないだろう。
 鳩山政権短命に寄与した「戦犯」とでもいうべき岡田外相、前原沖縄担当大臣、北沢防衛相、平野官房長官は新内閣に入れるべきではないだろう。

 期待外れというより見苦しかったのは社民党の辻元議員だ。
彼女は政治家としてもう少し期待していただけに残念だった。
国土交通省副大臣として入閣したが、入閣直後「ヤダ、ヤダ、ヤダ、絶対ヤダ」と辞任したいと駄々をこねたくせに、今度は社民党が連立離脱を決め、社民党議員は全員(といっても福島党首と辻元議員の2人だが)辞任すべきだという党内の意見が高まると、「なんで私が辞めなければならないの。福島さんの代わりに誰か他の人が入閣すれば済む話じゃないの」と駄々をこねている。
 そんなに閣僚の地位に留まりたいのなら社民党を離党して民主党(前原グループ)に入ればよかったのだ。
前原氏もそれが望みだったのだから。
 党の主張と個人的な人の好き嫌いを同一次元でしか考えられないような人間に政治家としての資格はない。
もう少し期待していただけに、辻元氏の駄々っ子のような性格には正直期待外れを通り越し、ガッカリした。
確かに福島、辻元の人間関係はいい方ではなかったが。

 個人的な好き嫌いを別にすれば、最後の政治家といえるのは小沢一郎氏だろう。
秘密主義とアクの強さに「悪代官」顔が加わり、常に悪役にされてきたが、信念を持った政治家という意味では人後に落ちない。
案外軽視されているが、彼は一貫して政治改革(彼の信じる)を行ってきている。
 従来、大手新聞社で構成される記者クラブが独占していた会見も、記者クラブに属さない雑誌記者やフリーのジャーナリスト達にも開放したのは小沢氏である。
また、小沢氏は同僚議員の批判をしないことでも知られている。
 世間で言われるほど悪い政治家ではないと思うが、彼の欠点は「説明をしないこと」とオープン性にかけることだろう。ただ弁解、弁明もしないのはさすがだと思う。
 政界引退後に政界内幕本でも書けば面白いだろうが、そういうことも潔しとせず、恐らくは沈黙を守り続けるに違いない。
 善きにつけ悪しきにつけ、こういうタイプの政治家がいなくなりつつあるのはちょっと寂しい。

鳩山首相が辞任を決意した日はいつか?

2010-06-03 13:36:32 | 視点
 鳩山首相の辞任表明が1日延びた、とは前回書いた。
小沢、輿石氏との2度目の3者会談が行われたのが1日である。
いくら「宇宙人」の鳩山首相でも、情勢の厳しさは知らされているはずで、そういう認識の下に3者会談に臨んだはずだ。
にもかかわらず、その場では結論が出ず、翌2日も継続会談を行うと発表された。
なぜ、2度目の会談で続投、辞任がはっきりしなかったのか。
結局、鳩山首相が辞任を発表したのは翌2日午前中だった。
果たして鳩山首相は自発的に辞めたのか、それとも辞任を迫られ辞めざるを得なくなったのか。

 1回目の会談が行われたのは31日夕だった。
輿石氏が参議員内の厳しい雰囲気を伝え、暗に辞任を迫る。
しかし、会談時間はわずか5分という短さだ。
朝日新聞はこの時の様子を次のように伝えている。

   一通り話が終わると、首相は切り出した。
  「首相を辞めようと思います」
   突然の辞意表明だけに、小沢、輿石両氏は「首相は本気なのか」と
  不信感を持った。
   とりあえず約5分で会談を打ち切り、翌日も協議することだけを約束し、
  様子を見ることにした。

 もし、この通りだとすれば鳩山首相が自ら辞任の意思を表明したことになるが、果たしてそうか。
それにしても会談時間が短すぎる。
そんな重要な意思表明をしたのなら、会談にもっと時間がかかったはずだ。
しかも、その後、各議員に連絡したりという動きがあるはず。
ところが、そんな動きは全くなく、会談時間も数分という短さで打ち切られ、翌日継続して会談することになった。
 どうも朝日新聞の記事を文字通りに受け取ることは出来ない。

 実はこの時、中国の温家宝首相が来日中だったのだ。
そのことを理由に鳩山首相は会談を打ち切ったと「時事ドットコム」や他紙の中に書いているものがある。
 温家宝首相の来日中は事実である。
だからといって、退陣決意のような重要なことを表明して、すぐ会談を打ち切るだろうか。
 恐らく輿石氏の話を聞き終わると、「分かりました。情勢は厳しいですが、これからも3人で力を合わせて頑張りましょう」と言い、別れたのだろう。

 問題は1日に行われた2回目の3者会談である。
この時の所要時間は30分。
はじめて突っ込んだ意見交換がなされたと見るのが順当だろう。
ではこの時、主導権を握って話を進めたのは誰か。
鳩山首相はこの時何を言ったのか。
辞意を表明したのか、それとも続投すると言ったのか。

 後日の鳩山首相の話では辞意を表明し、小沢氏にも辞任を迫ったように聞こえる。
たしかに会談後の両者の顔は対照的だった。
憮然とした表情にも見える小沢氏に対し、鳩山首相の顔は明るく、はしゃいでいるようにさえ見えた。
だから記者団から「続投ですか」という質問が飛び、それに答えるように左手親指を立てて見せている。

 実は前日の会談後にも同じような光景が繰り広げられている。
記者団から「3人で続投を確認したのか」と問われ、「当然だ」と答えている。
 つまり、この段階まで辞めるつもりはなかったのだ。
辞任表明後、ポーカーフェースを装ったみたいなことを自身は言っていたが、鳩山首相にそんな芸当が出来るだろうか。
むしろ、あるとすれば天然ボケ。相手の言っていることをよく理解できない「能力」だろう。
その「能力」で続投が支持されたと思い込んだ、というのが本当のところだろう。

 では2回目会談直後のあの笑顔と親指立てポーズは何か。
小沢氏の辞任も取り付けたと見るのは間違いだろう。
やはり素直に「続投」支持が取り付けられたと見るのが正しいだろう。
 とにかく、この人は思い込みの激しい人である。
しかも妙な自信を持っている。
それは嘉手納基地移設問題の時にも現れている。
自分が乗り込めば沖縄の住民も、徳之島の住民も理解してくれると思い込んでいた節がある。
裏を返せば状況認識能力の乏しい人といえる。
 まあ、そんな人物を首相にしてしまったのだから、国民も民主党も不幸だった。

 続投が支持されるという鳩山首相の思い込みはどこから来ているのだろうか。
それは小沢氏に対する思い違いから来ているに違いない。

 自分を切れば、小沢幹事長も辞任せざるを得ない。
そんな選択を小沢氏がするはずがない。
自分が絶対辞めないといえば、なんだかんだいっても支持してくれるだろう。
 これが1回目会談の時の思い込みである。

 2回目会談では、輿石氏の辞任要求の声に対し、その場で「辞任しましょう」と言いはしたものの、小沢幹事長が私を辞めさせるわけがない。必ず引き留めるに違いない、という思い込みである。
 この思い込みが笑顔と親指立てポーズになったのである。
 一方の小沢氏はといえば、グズグズ言いながらスパッと辞めると明言しない鳩山首相との会談に憮然としていた。
膠着状態である。

 では、鳩山首相はいつ辞任を決意したのか。
それとも引導を渡されたのはいつか。
 当夜か翌早朝に小沢氏からかかってきた電話だろう。
その電話で「自ら辞任しないと、両院議員総会を開けば、その席で続投は反対されますよ」と言われたのである。
 鳩山氏の誤解は小沢氏が私利私欲で動いていると思っていたことだろう。
小沢氏は巷間言われているほど権力にしがみつくタイプではない。
彼の過去の言動をよく見れば、そのことは分かるはずだが、結局小沢氏の対応を読み違えたことが、辞任に追い詰められたといえる。

 それにしても辞任表明時のどこか他人事的な演説は一体何だろう。
自らの責任はほとんど感じていないようだ。
所詮は金持ちのお坊ちゃまのやること。
次期衆院選挙には立候補しないと表明したが、細川元首相退陣と似たものを感じる。
両者に共通しているのは「金持ちのお坊ちゃま」という点。
庶民のことなど真剣に考えられるはずがない。
次期首相は庶民感覚を持ち合わせた苦労人になって欲しいものだ。

漢字を読めない首相の次は、民意を読めない首相。辞任は当然。

2010-06-03 00:00:38 | 視点
 2日午前中、鳩山首相が民主党両院議員総会で辞任を発表した。
昨日、辞任するというのではないかと思っていたから、驚きはない。
それより、なぜ辞任が1日延びたのかだ。

 それにしてもこの国の首相は一体どうなっているのだ。
国民の多くがそう思っているに違いない。
「皆、お坊ちゃん育ちですから」
「昔の首相は威厳がありましたが、いまは皆軽いですね。こんなに軽いんだから、誰でも首相になれますよ」
 鳩山首相辞任のTVを見ながら庶民がそう会話し合っていた。

 「漢字が読めない人」が首相になった時、日本人はとても肩身の狭い思いをした。
ところが、その後出て来た首相は「民意が読めない人」「言葉の軽い人」だった。
 政治家にとって大事なのは「言葉」である。
政治家の言葉は政策であり、国民への約束だからだ。
その言葉がその時の思い付きや雰囲気などで発せられ、何一つ実行できなかったら、国民はその政治家を信じられないだろう。
政治家に限らず一般社会でも同じである。
いわんや1国の首相が軽々しく言葉を発し、その言葉を簡単に覆していたらどうだろう。
人はその人「嘘つき」というに違いない。

 政権交代で国民が期待したのは「変化」であり、「嘘の約束」ではない。
にもかかわらず、トップ自らが嘘をつき続けた。
誰が強制したわけでもない。
出来もしない約束を自分で国民に言い、自分で破ってきたのだ。
もうこんな首相は要らない。
「お坊ちゃま」首相も要らない。
今の時代に必要なのは「クリーン」ときれいごとを言うひよわな首相ではなく、庶民感覚を持った、「泥臭い」首相の方である。
 なぜなら、今の世界情勢、とりわけ経済情勢は混沌としており、こういう時は理論派の「育ちのいい」人間より、バイタリティのある人間の方が状況を切り開いていけるからだ。
 そういう意味からいえば、民主党の前原国交相などが首相にでもなろうものなら最悪だろう。
 では、妥当な人物は、となると見当たらないが、いずれにしろ以前、民主党政権誕生時にも書いたように、いよいよ本格的な政界再編の幕開けになりそうだ。